願掛け花火





午後七時を過ぎて、夕飯を済ませて終い事が一段落を迎えたタイミングで呼び鈴が鳴り、まことは慌てて玄関へと向かう。

「はーい」

ドアを開けると、そこにはまだ幼さの残る顔を持つ少年が一人。

「浅沼ちゃん?」
「まこと先輩、こんばんは!」

一つ年下で別の学校に通う浅沼だ。
まことの顔を見ると、笑顔で挨拶をする爽やかボーイ。

「こんな時間にどうしたんだい?」

当然の疑問である。お互い中学生とは言え、男女の異性。男が女の一人暮らしに来る時間としては少し遅く、まぁまぁ非常識だ。
鍛えていて浅沼より力持ちなまことだが、少し身構える。

「まこと先輩、これ、しません?」

右手をヒョイっとビニール袋を上げる浅沼。

「それは?」
「手持ち花火です!」

そう言って袋から幾つか花火を見せる。

「なんで?」
「息抜きですよ!先輩、受験勉強頑張ってるって衛先輩から聞いたんで。今日も夕方までしてたんですよね?」

まことは中学三年生で、受験生。一学期の成績は見事に悪く、亜美の監視下でうさぎ達と目下受験勉強をしていた。
勉強嫌いで成績が悪いまことが悪いのだが、勉強漬けの日々にウンザリし始めていた。

「浅沼ちゃん……」

目の前にいる浅沼がまことには天使に見えていた。
現実から連れ出してくれるのは浅沼だとまことは感動してしまった。

「どうです。やります?」
「やる!やりたい!」
「じゃあ、下に行きましょう」

浅沼に即され、まことは取るものも取りあえず、靴を履き家を出る。

マンションの庭に着くと、すっかり夜も更けていて花火をするには丁度いい暗さになっていた。

「うわぁ~、綺麗!癒されるぅ~」
「喜んでもらえて嬉しいです!」

二時間ほど前まで参考書の文字と睨めっこだったまこと。今は花火の明かりが目に映り、目の保養にウットリするまこと。
その様子を見ていた浅沼は、可愛い人だと思っていた。

「浅沼ちゃん、ありがとう」
「いえいえ、受験勉強煮詰まってるんじゃないかと思って」

貴重な青春を受験勉強に費やしているまことを浅沼は気遣った。

「いや、もう本当に勉強が苦手で……」

受験生だから仕方ないが、勉強するより敵と戦う方がよっぽどマシだと思ってしまう。
新しい敵が襲ってこない今がチャンスだと亜美に言われ、それもそうかと納得して勉強をしているが、正直不謹慎だが敵が現れないかと思っていた。
しかし、実際は平和そのもの。皮肉な話だと思った。

「まこと先輩はやれば出来る人だって思ってます。将来の夢の為にも頑張って下さい!」
「浅沼ちゃん……」

浅沼にそう応援されてしまうと、やらざるを得ないとまことは思った。

「手持ち花火って温かいんだな」
「え?」
「実は恥ずかしい話、やった事無くて」

幼い頃に両親が事故死してしまい、今日に至るまでまことは手持ち花火をすること無く来ていた。

「そうだったんですね。うさぎ先輩が好きそうだから、一緒にしているかと思ってました」
「確かに。なんでしなかったんだっけ?」

浅沼に言われハッとなったまこと。昨年の六月にはうさぎ達と出会っていた。やるチャンスはあったはずだ。何故しなかったのか考え込む。
敵と戦っていた。美奈子はまだ合流していない。亜美とレイは興味は無さそう。そこに加えて亜美は毎日夏期講習で塾通い。
なるほど、強引な美奈子がいないとこうも違うのか。まことは何となく納得した。

「まだみんなと余り仲良く無かったからかな」
「そうでしたか。すみません、変な事思い出させてしまって」
「ううん、大丈夫」

まことは浅沼にそう無難に答えた。
うさぎと亜美と同じ学校に通いながらも制服が違うまことが転校してきたことは浅沼も知っていて。しまったと後悔した。

「うわ、もう線香花火だけになったのか?」
「早いっすよね。まこと先輩、花が好きだから花火も好きだと思ったんで。持って来て良かった」
「浅沼ちゃん」
「本当は花火大会に誘おうかと思ったんですけど……」

浅沼はそこで言葉を濁す。

「飛行機が怖い私に気を使ってくれたんだね。上を向かなくていい様に」
「はい」
「花火大会も行ったこと無いから、行けるようになりたいんだけど……」

不意に通る飛行機が怖いとまことはボソッと呟く。
寂しそうに最後の線香花火を眺めるまことを見た浅沼は、いつかまことが飛行機を克服して心から空を楽しめる様な未来が来る様にと線香花火に願掛けをした。




おわり