愛と勇気のチェリーパイ





この日、午後から公務も何も無いジュピターは、お菓子作りにせいを出していた。

「うん、美味そうに出来た!」

初めて作るそれをオーブンから取り出すとジュピターは完成品を見て、満足気にそう呟いた。

「アイツ、喜んでくれるといいな」

夕方になるとプリンセスが地球に行く事が決まっていた。

その護衛として着いて行く事が決まっていたジュピターは、手土産として持って行くお菓子を作っていた。

向う側の護衛も決まっていた。ネフライトだ。

前回の護衛で約束していたのだ。

それは何故かと言うと、前回の護衛で一緒になった時にネフライトは困っていた。

護衛任務につきながらもお互いの悩みを相談し合う中にまでなっていたネフライトとジュピター。

プリンセスと王子を遠目で見守りつつもとある木の前へと来ると、ネフライトはため息をついた。

「この木に咲いてる可愛いのは何だ?」

「チェリーって奴だ」

「へぇー、名前まで可愛いな」

「美味いぞ。食ってみろ」

そう言ってネフライトは一粒取ってジュピターに渡した。そのまま食えると自分自身も見本に食べる姿を見せてやる。

「ん、んまい!」

「だろ?」

ジュピターの褒め言葉に気を良くしたネフライトはにっかりと笑って見せた。このチェリーの木はネフライトが手潮にかけて育てたものだ。それを褒められると単純に嬉しい。

しかし、次の瞬間、やはり顔を曇らせた。

「ん、どうした?」

「いや、大したことでは無いんだが……」

そう言ってチェリーの木を見上げるネフライト。どこか寂しそうだとジュピターは感じた。

「相談に乗れるかは分からないけど、話したら楽になるかもしれないぜ?」

「じゃあ、遠慮なく。このチェリー、こうして食べるだけしか出来ねぇんだ。だから王宮の奴らが最近、飽き始めてる。他に食べ方ねぇかな?」

「なるほど、それは私の独壇場だな」

ネフライトの悩みを聞いたジュピターは笑顔でそう答える。

「任せときな!次に来るまでにチェリーに合うお菓子、作って持ってきてやる。楽しみに待ってな!」

「さっすが、ジュピターだな。期待して待ってるぜ!」

ジュピターの言葉に勇気を貰ったネフライトは元気を取り戻した。

そして、ネフライトからありったけのチェリーを貰い、月へと持ち帰った。

色々考えた結果、ジュピターが作ったのはチェリーパイだった。思い描いていた通り見た目も味も申し分ないものに仕上がった。どこに嫁に出しても恥ずかしくない。

六等分に切り分ける。一切れはネフライトに、後は王子とプリンセス、そして他の四天王への日頃お世話になっているお礼という名の差し入れだ。

夕刻。約束通りプリンセスの護衛として地球へと降り立つ。

遠くから見ても分かるデカいシルエットに、ジュピターは自然と笑みがこぼれる。

合流するとプリンセスは王子とサッサと歩いて行ってしまう。

「ネフライト、約束通り作って来たぜ!」

早速ジュピターはネフライトに作って来たチェリーパイを渡す。

「おお、これか?流石はジュピター、仕事はええ!見た目が華やかだが、味は控えめでうめぇな!」

「だろ?これなら王宮の人々に食べて貰えるよな?」

「ああ、きっとみんな気に入る。喜んでくれるよ。なんたって宇宙一の料理の腕前を持つジュピターが作ったんだ。間違いねぇよ!」

「んな、大袈裟な」

その後、王宮の中ではルビーケーキとの愛称で呼ばれ、親しまれたと言う。

勿論、ネフライトの一番大好きなお菓子として定着し、これを見るとネフライトを思い出す人で溢れかえった。

ーー時は流れ現代。

まことは勇人を初めて家へと招く日がやってきて、ソワソワしていた。

異性を家に上げるのはこれが初めての事では無いが、恋人を呼ぶ経験がないまことは落ち着かない。

時計を見ると、そろそろ来る時間だ。

ピンポーン

力強く呼び鈴が鳴る。

「いらっしゃい、勇人」

「お邪魔します♪」

玄関を開けると勇人が立っていた。まことが姿を現すと、自然に軽く抱きしめられ、まこともそれに応えて抱き締め返す。まるで新婚夫婦の様な雰囲気だが、まだ付き合って間も無い初々しい時期だ。

「さあ、入って!」

雰囲気に流されるところだったまことだが、体を離して入る様に促す。

まことに言われ、勇人は初めてまことの家の中に入っていく。

「うわぁ、ここがまことの家か。すげぇな〜」

「よせよ、恥ずかしいだろ!」

マジマジと部屋を物色する勇人を見て、まるで自身の裸を見られているかのような恥ずかしさに駆られて照れてしまう。

「流石、綺麗にしてるなぁ~」

「一人暮らしだから、だらけてしまうと終わりだしな。気をつけてるよ」

「育ちの良さが出てるんだと思うぜ」

「褒めても何も無いぞ」

「いや、マジだって!俺なんて部屋、汚ねぇもん」

「威張って言う事かよ」

「The男の部屋って感じだぜ」

「そりゃあ見てみたいな。片付けてやりたい」

「じゃあ次は俺の家な!」

「でも、一人暮らしじゃないんだろ?」

「ああ、でも日中は両親共働きでいねえし、兄弟も学校で滅多にいねえから」

そんな会話を繰り広げつつ、目的のリビングへと案内しやって来た勇人は、そこにあるソファーへと腰掛ける。

「くつろいでくれ」

「ああ」

まことは台所に行き、予め用意していたスイーツを冷蔵庫から取り出し、コーヒーを入れて、勇人に持って行く。

テーブルの上に置くと、それを見た勇人の顔色が変わった。

「これ、ジュピターが得意だったチェリーパイじゃねえか」

「覚えててくれたのか?」

「ったりめーだろ!忘れるわけねぇよ!」

前世、ネフライトの悩みを解決する為に作ったチェリーパイを勇人に出す。勇人は懐かしさに嬉しさを隠しきれないでいた。

まことは一か八か。初めて勇人が家に来たら絶対にこれを作って出そうと付き合い始めた時から決めていた。

「俺たちの思い出のチェリーパイ。すげぇ懐かしいな……」

勇人は感慨深そうに呟いた。

「いつから思い出してたんだ?」

「ん〜、蘇って割とすぐ?まことは?」

「ダークキングダムとの戦いが終わって暫くしてかな?でも、このタイミングで出そうと思ったのは最近」

「そうか、俺のために。サンキューな、まこと」

「いや、いっぱい作ったからいっぱい食ってくれ」

「じゃあ、遠慮なく。頂きます!」

自分だけの為に作られた46億年振りに食べるジュピター、いや、今はまことのお手製チェリーパイを勇人は口に運んだ。

うん、この味だ。変わらない。と言いながら勇人は作られた分だけ全部食べて完食したのだった。

ーーそして更にそれから十年以上経った未来。

「わぁ〜、美味そう!いっただっきまーす!」

「おい、小童!何、ジュピターの菓子、我先にと食ってやがんだ?」

ジュピターの部屋に入るとお菓子を見つけたジュノーが食べようと手を伸ばした。そこにネフライトが到着し、手癖の悪さを指摘する。

「げっ!ジュピター様の磁石……」

「誰が磁石だ!俺は四天王が一人、ネフライトだ。ったく、俺への敬意が全然ねぇな!」

「ふんっ!敬意なんてゴミ箱に丸めてポイだ!」

「口が減らねぇ奴だな。誰の権限でジュピターの菓子食ってんだ?」

「ジュピター様が良いって言ってくれたんだ!」

四天王のネフライトに向かってジュノーはいつも敬語を使わない。

ジュノーから見たネフライトは威厳がなく、常にジュピターに隙あらばスキンシップをしてベタベタ。所構わず愛の言葉を囁く。

そんな姿を見せられ、どうやって尊敬しろと言うのかと、ネフライトにも周りにも度々目上の人への言動がなっていないと注意を受けるが、本人は悪いとは全く思っていない。

それどころか、尊敬出来るような態度をとってみろと言い返す始末。他の四天王の様にちゃんとした態度をとって示して欲しいと思っていた。

ネフライトはネフライトで人扱いされないので、ジュノーを小童呼ばわりしていた。

お互いのそんな言動が更に関係を拗らせている原因である事を頭の悪い二人は気付けない。

「ああ!しかもそれ、俺のために作ってくれた奴だろ!お前は食うな!」

「自惚れもいいとこだ。俺も食う!」

「それ、チェリーパイだろ!俺とジュピターの思い出の菓子だ!」

チェリーパイを巡って醜い争いが始まろうとしたその時、席を外していたジュピターが戻って来た。

「二人とももう来てたのか」

「マイハニー♡」

「ジュピター様、このチェリーパイはコイツのために作ったんですか?」

「みんなに食べてもらいたくて焼いたんだ」

二人の心、ジュピター知らず。

みんなと答えたジュピターは笑顔を崩さない。

「チェリーパイは俺とジュピターの絆だろ?」

「ああ、そうだな」

「俺のだよな?」

「勿論、ネフライトも食べな」

「うう、ジュピター……」

「くくくっ」

ジュピターとネフライトのやり取りを聞いたジュノーは、ジュピターに上手く転がされているなとお腹がよじれる程笑いを殺す。

「チックショー!!!」

自分だけの為に作られた訳では無いと知ったネフライトの悲しみは計り知れないものだった。

雄叫びを上げながらジュピターが作ったチェリーパイを爆食して行った。

食べ終わると特別な日ーーつまり自身の誕生日やクリスマスに自分の為だけに作って欲しいと頼むことを取り付けた。ジュピターは笑顔で快諾していた。

おわり