side アドニス




まさか俺の人生でこんな事が起きるなんてーー

正に奇跡。それ以外の言葉なんて、思い浮かばなかった。

それは月のプリンセスが正式に地球でクイーンとなり千年時代が始まって暫く経った頃だった。

いきなり始まった千年と言う長寿の到来に、国民は賛否両論。異議を唱えるものも少なく無かった。

その中でも人々を悩ませたのが婚姻関係や恋愛事だ。

一度契りを結んでしまえば最後、約千年と言う年月を一人の人と共にしなければならない。余りにも長い年月故、皆一人の人で添い遂げられる自信が無いと反発の声が上がった。

しかし、この声に立ち上がった者が一人いたーーセーラーヴィーナスだ。

皆の気持ちはよく分かる。未知の時代の到来に不安を抱えるのは当たり前だと言い、クイーンの政策にただ一人異議を唱えた。

そして愛の星のプリンセスである彼女は、とある制度を取り入れた。

愛の女神であるヴィーナス直々の婚姻後の新たな政策の名は“セカンドパートナー”

つまり、結婚した後も他に恋人を作ってもいいと言う制度だ。

何とも斬新だがありがたい制度に皆が賛同し、湧いた。そして、ヴィーナスを神として崇めた。

何よりこの制度で一番得をしたのがヴィーナスとこの俺、アドニスだ。

彼女の手によって一度は命を落とした俺だけれど、彼女のヴィーナスクリスタルの力で大分前に生き返っていた。

戦いとは無関係のところで暮らしていたが、ずっと変わらずヴィーナスが好きだった。

そんな俺をヴィーナスは、彼女のセカンドパートナーとして迎え入れてくれた。

ただ、このセカンドパートナーには互いに結婚してパートナーがいることが相応しいのだけれど、俺はヴィーナスが忘れられずシングルを貫いていた。

しかし、ヴィーナスの特権で特例として認められ、晴れて俺は恋人となる事が出来た。

前世からの悲願がやっと身を結んだ瞬間だった。ずっとヴィーナスに片想いをしては失恋の繰り返し。

立ちはだかるライバルであるクンツァイト様がいつも強大だった。まぁ、今もデカい壁だけど。

そう、ヴィーナスの正式なパートナーはクンツァイト様だ。一応、クンツァイト様も俺とヴィーナスの関係は知っている。

ヴィーナスが直接話したらいい顔はしなかったらしいが、真面目でキング直属の部下のリーダーであるためヴィーナスよりキング優先は変わらず。そこがやっぱり不満だったと説得してねじ伏せたらしい。

愛の女神である彼女の政策は絶対と言う事もあり、了承する仕方なかったとか。夫の威厳とは?

そんなクンツァイト様の直属の部下の俺自身もちゃんとヴィーナスのセカンドパートナーとして彼女を幸せにする覚悟があると報告を兼ねて宣戦布告をした。

「そうか。ヴィーナスを頼む」

言葉は寡黙で素っ気ないクンツァイトらしく少なく、拍子抜けした。何を考えているのか、相変わらず言葉からも顔からも読み取れない。

言葉少ななのは余裕だからか。ライバルと思っていないからか。本当に何も考えていないからか。本心が読めず、やりづらい。

そりゃあ、セカンドパートナーが欲しくもなるわなと思ってしまい、ヴィーナスを不憫に思ってしまった。

セカンドパートナーと言うのはあくまでプラトニックな関係でなければならない。本来、互いに本命がいるのだから当たり前のこと。身体の関係などあっては行けない。

万が一に備えて、会うのはいつも人目の着くところだ。前世のエンディミオン様と月の姫君はひっそり逢う禁断の恋とは決定的に違う。

本来、人目を忍ぶ関係が互いのパートナーが認めているからオープンに出来るのだ。これは有り難い。本当なら不倫になってしまう所をこの制度により、周りに認めてもらえるのは嬉しい。

何より、ヴィーナスと堂々とおつき合い出来る環境があるのが幸せだった。

そして僕らはほとんど毎日、仕事の合間や終わった後に会っていた。

今日もいつもの様にヴィーナスと恋人の時間を楽しんでいる。

「クンツァイト様は?」

「相変わらずよ。真面目で堅物!マスター命!私より仕事と王様優先」

クンツァイト様とヴィーナスは別居婚だ。その為、ほとんど会うことがない。そこにクンツァイト様は用がない限りはヴィーナスと会わない。

そりゃあストレスも溜まるわな。セカンドパートナー制度をぶち上げたくもなる。欲求不満にもなると言うもの。

「アドニス、あなたがいてくれて本当に良かったわ。あなたは私の癒しよ」

「君の役に立てて僕も嬉しいよ。選んでくれてありがとう」

互いに必要な存在だった。心の奥深くで分かり合い、結ばれている感覚に幸せを感じた。

「美奈子、キス、したい」

「ダメよ、アドニス」

「エースって呼んでよ。何故?」

「だって、それはご法度でしょ?」

セカンドパートナーは身体の関係を持ってはいけない。それは分かっている。承知している。プラトニックでなければならない。

だけど、キスくらいなら許されてもいいはず。

「俺たち、キスした事あるよね?」

「それは……」

俺がキスならと懇願した理由。それは、エースと美奈子であったあの時に一度していたからだ。

でもそれは過去の事。今と昔では違う。クンツァイト様の事すら忘れていた頃だ。

「過去は消せないよ?一度やれば、二度も三度も変わらない」

「クンツァイトが、嫌がるわ」

相変わらずクンツァイト様が邪魔だな。分かっていた事だけど。

セカンドパートナー制度を打ち出した張本人で、移り気な彼女なのに、本命のパートナーは裏切れない、か。

この制度を聞いた時は、流石は愛の女神だと思ったけれど、案外普通でつまらない女になったな。ま、その方が燃えるけど。

「黙っておけばいいさ。身体の関係を持つ訳では無いんだし」

「そう、だけど……んッ...///」

あーだこーだ言う煩い唇を塞いでやった。

何年振りだろうか?美奈子の唇は、とても柔らかい。これをクンツァイト様は独り占めしていたのか。

「あっ!」

少し長めのキスをして唇を離すと、吐息と共に物足りなそうな声を漏らす。顔を見ると高揚して頬が赤くなっている。

ダメだと言いつつこれだもんな。本当はしたかったんなら素直に言えばいいのに。

「美奈子」

「エース」

これ以上キスをすると止まらなくなる。制度に反する事は出来ない。まだまだこの関係は続けたい。

お互い理性はちゃんと働き、隣に腰掛けた。

横にあるヴィーナスの手に触れる。互いにグローブ越しだが、熱を持っているのが伝わり、どちらともなく指を絡める。

これが今の二人の関係の精一杯だった。

俺はクンツァイト様の代わりでしかない。

クンツァイト様には出来ない事でヴィーナスを満たす者。

俺は何があってもヴィーナス最優先。

ヴィーナスに何かあったらすぐに駆けつけるし、守って命を捧げる覚悟もある。

その為のセカンドパートナーの俺の役割だ。

愛の女神直々に選んで貰ったのだ。報いる為にも命ある限りずっとヴィーナスの為に何でもしたいと思った。





side ヴィーナス



うさぎがクイーンとして君臨し、千年と言う長寿時代が到来した。

とうとう千年時代がやって来た。

懸念していた、有難くない長寿時代。

思っていた通り、何も知らない人々からの反感を買った。

そりゃあそうよ。色々問題山積みよ。

老けずにいい状態で千年過ごすだけでも抵抗があるのに、未知の時代に不安になるななんて無理な話。

私だって前世で結局そんなに永く生きていない。それはクイーンだって同じだ。

千年の意味するところの本質が分かってるとは思えない。まぁ元がうさぎだから仕方ないか。

そんな私の一番の不安は結婚後のこと。

早くに結婚すればそれから約千年、同じ人と共にしなければいけないって事。千年、同じ人を一途に愛するなんて保証出来ない。

その不安と不満をクイーンに吐露したら、私はエンディミオンだけで満足よ♡ですって!ご馳走様!

他の四守護神にも言ってみると、一人で充分だと一刀両断。まるで私がオカシイ奴と化してしまった。まぁオカシイんだけどさ!

で、そこまで異議を唱えるなら愛の女神特権で恋愛関係を長寿時代に合った制度を作ってみればとマーキュリーからの助言が。目から鱗だ。

そうだ。そうだった!

私は、何を隠そう。愛の星出身の愛の女神じゃない!

愛の神様なんだから、好きな様に時代にあった恋愛関係を提言出来る!

そこで私、セーラーヴィーナスこと愛の女神は立ち上がりました!みんなのため、そして、強いては自分自身のために。

千年の長寿時代に打ち出した政策、それは“セカンドパートナー”と言う制度。

結婚した後も恋人を作って良し!

互いのパートナーの合意があれば堂々付き合ってよし!

ただし、プラトニックな関係で!

と言うもので、我ながらいい政策を思いついたなって褒めたいくらい。

で、早速私もこの制度を自ら利用する事に決めた。そのための政策。利用しない手は無いわ。

なんせ、これを提言した私が積極的に行動しないと国民も利用しくいでしょ?国民に示しをつけるためにもやらなくちゃ!

この制度を提言した時からパートナーは決めていた。ううん。正しく言えば、もうずっと前から決まっていた。心に決めた人がいたーーそれが、アドニスだ。

一度はこの手で殺した相手だったけれど、心の中にずっといた。忘れたくても忘れられなかった。

ヴィーナスクリスタルで早くに生き返らせていた。それがまさかこうして項を制すなんて。運命の巡り合わせを感じる。

肝心のアドニスの意見は無視か?と言われると、そりゃあ彼の気持ちも尊重するわ。

でも、前世から私に重度の片想いをして、ずっと一途に思い続けた人よ?この話に乗らないなんて考えてなかったわ。

早速アドニスに話すと、二つ返事で喜んで快諾してくれた。私もめちゃくちゃ嬉しかった。

あの瞬間、確かにクロスした二人の気持ち。あれば本当の恋だったのか分からず質問してはぐらかされたっけ。

だけど、今なら分かる。本当に好きだった。この手で殺めるのが辛かった。生きていて欲しかった。唯一、私を分かってくれるアドニスに。

だからこそ、この制度でアドニスと恋人になりたかった。彼が一番私を理解してくれるただ一人の人だから。

つまり、ハッキリ言うとこの制度はアドニスと私のためのもの。私利私欲の制度よ。悪い?

クンツァイトの事も愛しているわ。

だけど、彼は仕事とマスターが第一で優先。私は二の次。

その証拠に、本当に私はおざなりで、全く会いに来てくれない。これではストレス以前に欲求不満で爆発しそうよ。

本当に私が一番じゃないのね?身をもって体験したわ。

まぁ、私も意地張って会いに行かないからお互い様だけど。

クンツァイトもセカンドパートナーには同意してくれてるわ。まあ、渋々と言った感じだったけど、上記の不満をぶちまけたら了承したわ。

善処するとは言っていたけど、結局仕事とマスター最優先は変わらないし。

パートナーの相手がアドニスなのもまぁ仕方ないって。何処の馬の骨とも分からない奴に横槍入れられて持って行かれるよりはまだ安心なんだって。そんなもん?

ま、お陰でアドニスとは堂々と恋人として付き合えることになったんだから千年時代も悪くはないわね。

ただ、パートナーに認められているからって言っても色々制約はあるから人目のつく場所で会わなきゃいけないのは落とし穴よね。

でも仕方ないか。プラトニックな関係でなければならないんだから。キスも身体の関係もなしって!何それ?

まぁ堂々と不倫?浮気?出来ているんだから文句は言えないわけで。今の時代にはこれが最善なんだし、仕方ないか。妥協は必要よね。

だけど、程なくしてそれは愛する二人には辛く重い制約となってのしかかってくるのだった。

アドニスとセカンドパートナーのパートナーシップを結んでから、私たちはほぼ毎日会っていた。そんなある日の事だ。

他愛もない会話から突然、空気が一変。アドニスが私とキスがしたいと言ってきた。流石にそれは契約違反。クンツァイトが嫌がる。在り来りな言葉で逃げようとした。

だけど、やっぱりこうして女としてちゃんと見て貰えている事は嬉しい。私もアドニスとしたい。でも、ここを超えてしまうともう後には戻れない。そんな気がする。

「俺たち、キスした事あるよね?」

「それは……」

ダメ押しの一言。あの日の事、忘れてなかったのね。そりゃあそうよね。色々あったもん。

「黙っておけばいいさ。身体の関係を持つ訳では無いんだし」

「そう、だけど……んッ...///」

御託を並べて躊躇していると唇を塞がれてしまった。キスされた事が分かった。

優しいキスに、本当はずっとアドニスとこうしたかったんだって心の中で感情が溢れ出して来た。

「あっ!」

数秒後、唇は離された。思わず漏れた吐息と共に物足りないと言う想い。

分かってる。これ以上してしまうと取り返しがつかない。後には戻れないって事を。

気まづくなって互いに横に腰かけると、アドニスは私の手に触れた。互いにグローブ越しだったけれど、熱を持っているのが伝わって来る。

その瞬間、どちらともなく指を絡め合う。互いの愛を確かめ合うように、優しく思いを混むて絡ませる。

「美奈子」

「エース」

かつての名前で呼び合うと何だか気恥ずかしいけど、心地よかった。

これより先に進んじゃダメ。ギリギリのラインで許される行為で互いの気持ちを確かめ合う。それが何だか照れくさいけれど、満足だった。

そう、千年と言う長い時代、一人の人を愛する事に自信がないから提言した制度。これからもずっとアドニスとこの関係を続けたいなら深入りはダメ。

確かにアドニスにはクンツァイトには無い安らぎや癒しをくれる。私を最優先に考えてくれている。大切にしたい人。大事にしたい想い。

これからの永い年月、ずっと私の心を支えてね!

愛しているわ、アドニス。






おわり