大人のあなたのために





うさぎはこの日、並々ならぬ決意をして衛の家へと遊びに来ていた。

「まもちゃん、私今日大人になるわ!」

衛の隣に座り、衛の顔を真っ直ぐ見て真剣な眼差しでそう宣言した。
今までに見せたことも無いうさぎの大人の顔に、衛はドキッとして目が離せずにいた。
それだけ衛の事をうさぎは考えてくれていると言うのが、その視線で感じ取れる。

「うさこ……無理はするなよ?」

うさぎの気持ちを汲み取った衛は、そう優しく声をかけた。

「まもちゃんのだもん、私は大丈夫だよ」

心配する衛に対して、うさぎは笑顔でそう応えた。
このタイミングでその笑顔は反則だろうと心の中で衛は、眩しいほどの笑顔を向けられ囁いた。

それから数分。笑顔で大丈夫と宣言したのとは裏腹に、うさぎは衛の隣で固まって動けないでいた。
頑張って衛の為に大人になろうと決意したものの、いざそれを目の当たりにすると決意が鈍る。とても怖い。いつかは通る道。避けて通ることは出来ない。
それは早いに越したことはない。ならばその時とは今だと決心してきたのだが、いざ目の前に現実として見てしまうと決意が鈍ってしまう。
うさぎだけではない。少なからず多くの女性が、そうなってしまうだろう。

「うさこ、俺はその気持ちだけで充分だ」

動けず、完全に固まってしまったうさぎに衛はそう優しく語りかけた。
しかし、当の本人は強情で衛の助け舟に乗らず、頭をフルフルと左右に振り拒むばかり。

「まもちゃんのために大人になるって決めたんだもん!今日こそ、やるんだから!」

衛の意に反して、うさぎは意固地になるばかり。目に涙を貯めて、衛からのタオルを受け取らずに“大人になる”の一点張り。
うさぎは、割と強情な所があると衛は分かっていた。しかし、ここまでとは……

衛とて、うさぎが自分の為に大人になろうとしてくれるのは嬉しい事だ。
けれどそれは、無理無く自然にそう言う流れになってからと考えていた。お互い想いが一つになってするからこそ価値があり、無理してすることでは無いと衛は考えていた。
それに、今のうさぎは恐怖で体が強ばりガチガチになって震えている。そんな子に無理強い出来ないと衛は感じていた。

「無理に飲まなくていいんだぞ、うさこ」
「まもちゃんのだもん!絶対、飲むんだもん!」

そう高らかに宣言したうさぎは、衛が出してくれたコーヒーカップを手に取った。
そして目を瞑り、思いっ切りゴクゴクと言わせて衛が入れてくれたブラックコーヒーを勢いに任せて一気飲みした。

「うさこ!」
「う、やっぱ苦いよぉ」
「だから言ったろ?お前にはまだ早いって」
「だってぇ……まもちゃんの大好きなブラックコーヒー、どうしても飲んでみたかったんだもん」

まもちゃんの好きな物を好きになりたい。そう続けて思いを吐露したうさぎに衛は何処と無くブラックコーヒーを飲んだ事で少し大人に見えた。

「気持ちは嬉しいけど、別に涙を貯めるほどでは無いだろ?」
「そう、だけど……コーヒーって苦いんだもん」
「うさこはやっぱり子供だな」
「もぅ、まもちゃんのいじわるぅ~」

そう言ってプクッと頬を膨らませて怒るうさぎはやっぱりまだまだどこか子供だった。
大人の階段は、一歩一歩うさぎのペースで進んで行けばいい。無理はうさぎには合わないのだから。そう心の中で思った衛だった。




 おわり