私の彼は左利き




 「左利き……だっけ?」大学のレポートだかなんだか知らないけれど、先程から私が来ているにもかかわらずお構い無しに集中している公斗をジーッと見ていた私。ボーッと彼を観察していると、違和感を抱く。その正体に気付いた私は、その事を声にしていた。「ああ。左利きだが?」珍しくも何とも無いだろ?と言わんばかりの返答にムッとする。今頃気づいた私が悪いのか?「でも、前世は右利きだったわよね?」そう。違和感を抱いたのは、前世の記憶のせい。確かクンツァイトは右利きだったはず。だけど、目の前にいる“今の彼”は明らかに左利き。「そうだ。よく覚えているな?」よく覚えている。と言うより、よく見ていたから覚えていた。悔しいけれど、一緒に護衛をしていた時。幸せそうなプリンセスを見ている事が辛くて、クンツァイトの事を時折見ていた。剣を交えた時も、右手でそれを抜いていた。手を差し伸べる時も右手だったし、何をするにも右手がすぐに出ていた。その右手を取れたらと、私は右手に恋をしていた。結局、取ることは叶わないまま終わってしまったけど。「覚えているわ」忘れるなんて、出来ない。無かったことにも出来ない。クンツァイトを想い、苦しんだ日々を。たった一人、本気で愛した人だもの。何にも変え難い記憶。「転生した貴方も、右利きだったでしょう?」互いに転生し、敵として立ちはだかった彼もまた、いつも出していたのは右手だった。けれど今は何故か左利きである事に、驚きを隠せないでいた。「ああ、再転生したら変わっていた」そんな事があるのだろうかと不思議に思った。もう、あの頃とは違う。これからは心を入れ替え、敵の手に落ちたりしない。そんな決意の現れだとしたら?「今までとは……前のクンツァイトとあなたは違うのね?」前世のクンツァイトと同一人物だけれど、ここにいるのはまた違う“西塔公斗”と言う人だと実感する。私も、前世のヴィーナスと愛野美奈子とは違う。“今の彼”を好きになり、一緒にいられることにどこか安心したし、何故か嬉しくてホッとした。「そうだな。クンツァイトの方が、良かったか?」「そんな事、誰も言ってないじゃない!バカ公斗!あんたこそ、ヴィーナスの方が良かったんじゃないの?」クンツァイトも好きだ。だけどそれは過去の事。セーラーヴィーナスとして憧れていた。クンツァイトだから好きになったんじゃない!“今の彼”を好きになったんだ。でももしかしたら公斗はそうじゃないかもしれない。私がセーラーヴィーナスだから、好きなのかも。そんな悲しい事を考えて凹みそうになる。「バカは余計だ!今の俺は、ちゃんと愛野美奈子を愛している」「なっ///」「何に対しても全力で、好きな物や気が多いが、やはりうさぎさんの事を一番に考えていて責任感がある頑張り屋な美奈子が好きだ。石になってお前を見ていたが、やはり素敵な女の子だと惚れ直した」「……恥ずかしすぎる」愛野美奈子をずっと見ていてくれた。それが何より嬉しかった。そして、かなり恥ずかしい。「勉強が疎かでバカなのは頂けないがな」「……一言多いのよ!」恋人が出来たことで、きっと又一段と成績は悪くなる。これが今の私だ。受け入れて欲しいし、受け止めて欲しい。「肌の色も前世と違うよね?」これは前から感じていたこと。前世は、決して露出は多くないものの焼けていなかった印象だ。けれど、今はバリバリ焼けている。どこのマッチョ様よ?くらい日焼けしていて気になっていた。「これは転生した時から日焼けしやすい体質になっていた」「そうなんだ。やっぱりクンツァイトであっても、違うのね。安心した」「それは、どういう……?」「私も、今の私は今のあんたが好きって事!クンツァイトは過去よ、過去!」「そうか、それは良かった」今の今までレポートをしながら喋っていた“今の彼”は、手を止めて立ち上がった。私の所に来たかと思えば、右側に座る。そして、自身の左手を出して、私の右手を取ってきた。分厚くて大きな手。それに温かくて安心するその左手を私も握り返した。「これからは、手を取り合って生きて行こう、美奈子」「いつでもこの手を取っていいのね」前世では叶わなかった。手を取るという行為。それがいつでも出来る喜びに、胸が熱くなる。これからは、二人で手を取り合って二人を守っていける幸せを、握りしめ合った手と彼の顔を交互に見て噛み締めた。おわり