女は婚約者の男を襲った後も石階段を下りる者を襲い続け、その果て、山中で狂死した。その後も女は悪霊となって石階段を下りる者を襲い続けた。というのが村の言い伝えだが、ダイばあさんによると、女はその後、続発する転落事故の話を聞きつけた村の男衆に無残に殺されたのだという。

 転落死した者全てに女が関わっていたかはわからないし、そもそも最初の男も死人に口無しで、本当に襲われたのかどうかはわからない。

 女の想いは次第に妄執となり、妄執は女を狂気に染めた。山中に死した後も、恋に破れた男への想いを残して夜道をさまよい続けた、冷たく淋しい、哀れな妄執の幽霊……。

「かわいそうなひとだったんだよ」

ダイばあさんはこう言っていたものだった。村では石階段の悪霊として恐れられていたが、それがどう変じたものか、ダイばあさんの中では石階段の神様になっていたのだ。

 曲がり角の踊り場にその名も無き祠はまだあった。私は用意してあったおまんじゅうをそのなにもない祠に供えた。

「女郎さま、今日もお目許、ちっと通してくだしゃんせ」

 恐れられもすれば敬われもする。だが坂道の幽霊の伝説もまた、この村とともに水の底に沈んでいく。この冷たく淋しい女の幽霊は、坂道が水底に沈んだ後も石階段に残り続けるのだろうか……。

 そうではないと、私は思う。

 この村が水の底に沈み、人の記憶から忘れ去られれば、足切女郎の伝説も、哀れな亡霊の存在も消え去っていく。冷たく、淋しい想いだけを残したまま……。



つづく