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 ザッバーン

 その音があまりに大きかったのに驚いて、私はアッと頓狂な声を上げた。欄干から見下ろすと波立つ川面から好雄が顔を出すのが見えた。

「好雄くうん、平気?」

 私は小さな声を張り上げた。

「なに言ってんだよう。みんなも早く来い。気持ちいいぞう!」

 好雄は涼しげに下から手を振っている。すると、不意に後ろからタタタ、と足音がしたと思うと朔司が助走をつけて勢いよく欄干を飛び越えた。

 ザッバーン

 朔司は好雄の位置を大きく飛び越したところに落ちた後、プハーっと顔を出した。

「やるなあ朔司、いいとこ見せやがってえ、おうい、次は岬の番だぞう!」

「お、おう!」

 好雄の声に岬が威勢よく応えた。しかし見てみると岬は負けん気が強い普段の彼女らしくもなく、おどおどとためらっているようだった。

「どうした岬、怖くなったのかあ?」

「こ、怖くなんか、ない!」

 岬はそう言って欄干にそろそろと近づいていった。しかし彼女の脚は震えているのが離れて見ていた私にもわかった。

 私はそれを見るなり卒然彼女を押しのけた。そして有無を言わさずに欄干を越えて橋桁の上に立っていた。下で好雄がうおっ!?と驚く声が聞こえた。

「雪枝、お、お前はいいんだよう、弱虫なんだから。危ないってば!」

 好雄がよっぽど調子を狂わされたといった様子で手をばたばたと振っている。「雪枝、よせ!」という岬の声まで後ろから聞こえてくる。

「私、弱虫じゃない!」

 私はあらん限りの声で叫んだ。下で好雄がビクッと肩をすくませた。

「ま、まずい朔司、お前、なんとかして雪枝を止めてくれ。オレ、あいつに泣かれたらまたじいちゃんから大目玉だよお」

「大丈夫だよ雪枝ちゃん。大したことないから!初めての時はしっかり鼻をつまむんだよう!」

 慌てる好雄の言うことなどどこ吹く風と、朔司が声をかけてくれた。私はそれを聞いて一息に橋桁を蹴った。

 ザッバーン

 一瞬、大きな音がしたと思うと次の瞬間には水面から顔を出していた。本当にたいしたことはなかった。水の冷たさが心地いい。

「雪枝、平気なのか?」好雄が心配そうにこっちに泳いできた。

「うん、平気。私、弱い虫なんかじゃないもん」

「わ、悪かったよ。お前は弱虫でも弱い虫でもないもんな。やればできるんだ。なあ朔司?」

「ぼく雪枝ちゃんのこと弱虫なんて言ったことないよ。ね、うわ!?」

 ザッバーン

 朔司が急に上擦った声を上げたと思うと、3人のすぐ横に岬が落ちてきた。

「岬ちゃん、大丈夫!?」

「ゲホゲホ、雪枝、なんだ、お、お前こそ大丈夫なのか?」

「私は平気」

「へえ、み、見直したよ」

「岬ちゃん、全然大丈夫じゃなさそうだよ?」

「よう岬、遅かったじゃないか。てっきり怖じ気づいたのかと思ったぜ?」後ろから好雄が言った。

「だから私は怖がってなんかいない。さっきそう言ったろ!好雄のバカ!」

「な、なんだよう」

 岬はさっさと岸から上がっていってしまった。4人ともびしょ濡れになったので一度家に帰ることになった。岬は帰るときも口数が少なかった。私は心配になった。

「岬ちゃん、本当に大丈夫?どこか痛いの?」

「なんだ雪枝、私は別に最初から平気だよ。心配するなって」

 泥んこじゃない岬ちゃんって新鮮だなあ、と私は思ったものだが、彼女の目は心なしか赤いように見えた。

「岬、もしかしてお前、泣いてるのか?」

 好雄が出し抜けに言うと、岬はぴたりと立ち止まり、そっぽを向いてしまった。

「よ、好雄、いい加減なこと言うとまた前みたいに泣かすぞ?いいのか?」

 岬は3人に背を向けたまま言った。最後のいいのか?のところには彼女なりの迫力があったが、私には彼女の声が震えているのがわかった。

「ちょ、よせよう。そ、そうだよな、お前が泣くわけなんかないもんな。悪かったから、ほら行こうぜ?」

 急に弱気になった好雄が声をかけても岬はまだ動こうとしない。よく見ると彼女の肩は震えていた。

「もう、岬ちゃんらしくないなあ」

 そう言うと朔司がジーパンのポケットからハンカチを取りだし、岬の目元をそっとぬぐった。川に飛び込んだままの、ぐしょぬれのハンカチだった。

「なんだよ、私は、泣いてなんかいないって、い、言ってるのに……、う、うっ」

「わかってるよ。わかってる」

 そう言いながら朔司は岬の顔をぬぐっていた。

「好雄くん、岬ちゃんを泣かせたっておじいちゃんに言いつけるからね」

朔司が急にこちらを見てにっこりと笑って言った。

「おい!それだけはやめてくれ。だってほら、岬は泣いてないって、言ってるじゃないか、な?岬は泣いてないんだ。そうだろ、雪枝?」

 好雄が大慌てで言った。

「プッ、ハハハ、アッハハハハ!」

 私はそんなやりとりを聞いていておかしくなってしまった。気付いたらこらえきれずに笑い出していた。それを見た朔司も堰を切ったように笑い出した。よっぽどおかしかったのか、片手で腹を抱え、片手で岬の肩をぽんぽんとたたきながら大笑いしている。つられた好雄も、なんだかよくわからないといった風に一緒になって笑い出した。

 楽しげな3人の笑い声、いつの間にか岬も、こちらを向いてその笑いの輪に加わっていた……。



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つづく