「水底の坂道」



諸德寺 明日香 作



ceryetiの自作小説

 山道にバスを乗り継ぎ、見覚えのある石のトンネルを抜けると集落に出た。

 険しい山々に囲まれ、中央に一本の清流が流れる静かな村落、芦切沢。私は13年振りにこの地に帰ってきた。

 よくまだこんなものが、という感想を都会の者に抱かせる旧式のバスは、ただひとりの乗客だった私を芦切沢バス停で降ろすと先には進まずにUターンをして帰って行った。ガタガタと耳障りな音を立ててバスが去ると、あたりは静寂に包まれた。都会ではうるさいとしか感じない蝉の声も、ここではどこか寂しさを誘う。

 山中に忘れ去られた寒村。この芦切沢地区と呼ばれる山深い村落は今では地図にも載っていない。

 少女時代の思い出が残る場所・・・。私は照りつける日差しを避けるようにしてバス停の待合小屋に入り、腰を下ろした――――。



◇◆◇◆◇



「おばあ、ちゃん?」

 バスから降りた少女が道の先に向かって言った。後から両親も降りてくる。

「おお雪枝、雪枝や。おばあちゃんだよう。こっちにおいで」

 道の向こうからとぼとぼ歩いてくる祖母が、蝉の合唱に混じるような声で私を呼んだ。

「おばあちゃん!」

 ガタガタと耳障りな音を立てて先へ進むバスを追いかけるようにして、私は祖母に向かって駆けだした。祖母からは、いつも線香のにおいがした・・・。



◇◆◇◆◇



 小屋からぼんやりと外を眺めていると、そんな光景が目に浮かんできた。17年前、小学1年の夏、私は初めてこの芦切沢を訪れ、初めて祖母に会ったのだった。

 ふうっと一息ついて、小屋を出た。ここは芦切沢の入り口だ。私は舗装されていない道路を村に向かって歩き出した。

 私は生まれも育ちも東京だ。帰ってきたというのは正確ではない。この芦切沢には父の実家があったため、毎年夏のお盆時に里帰りをしていたのだった。それは結局小学5年までの5年間だけだったが、小学生になって初めて芦切沢に来た理由は祖父の葬式があったためだったらしい――――。



◇◆◇◆◇



 雨が、降っていた。しやしやと霧のように、雨が降っていた。

 前の方から抑揚のない読経が聞こえてくる。頭の上をガサガサと白い旗差物が揺れている。お経と一緒にもの悲しい鳴り物の音も聞こえてくる。

 祖父の野辺送りだった。

 小糠雨に煙る夏の道を葬列が進む。道に沿って川のように粛々と進む会葬者たち。雨の中、山のお寺に向かうその列の中に、私はいた。

 祖父には会ったことがなかった。そしてそれが葬式だともわかっていなかった・・・。



◇◆◇◆◇



 今歩いているこの道を通った17年前の野辺送り。その光景が一瞬見えた気がした。両親はこの年に祖父が亡くなってようやく初めて、孫である私を連れて里帰りをしたのだった。そしてひとりになった祖母が待つここ芦切沢でその後5年の間、夏の一週間を過ごすことになる。

 山へ向かう村の中央の道をそれて、田んぼの畦道に入った。左右の水田の稲は早くも黄色く色付こうとしている。私はふと立ち止まり、背中からリュックを下ろして中から一枚の写真を取りだした。ケースに大切そうにしまわれたその古びた写真には4人の子どもが並んで写っている。同じこの畦道で撮られたものだ。

 写真の左側には男の子と女の子が、いかにもいたずらっ子といった風に仲良く肩を組んで写っている。

 田嶋好雄と山城岬。好雄はいつものように麦藁帽子を被り、鼻筋には絆創膏を貼っている。岬は虫取り網を片手に持ち、泥んこの顔に満面の笑みを浮かべている。

 その隣にはもう2人、倉見朔司と私、能美雪枝が写っている。朔司もいつものように甚平にジーパンというおかしな格好をしている。2人は控えめに手をつないでいるのだが、となりの2人に負けないくらい楽しそうな表情を浮かべている。・・・、本当に楽しそうだ。

 この写真はいつ撮ったものか思い出せない。ただ、4人がそろって写っているのはこの一枚だけなのだ。

 同級だった村の仲良し3人組と、夏の一週間だけそこに加わる自分。私は芦切沢に来るのを一年間心待ちにしていたものだった。彼らと過ごした夏は忘れがたい、大切な思い出として胸に刻まれている。楽しかった思い出とは、どうしてこうも輝いて見えるのだろう・・・。

 懐かしさにフッと口の中で笑うと、その4人の思い出を切り取ったただ一枚の写真をリュックにしまい、再び歩き始めた。

 祖父の葬式の後、最初に3人と出会ったのもこの畦道でだった。私はひとり静かに、歩を進めた――――。



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つづく