私にとってShiggy Jr.は、ただ好きなバンドではない。

ライブに通い詰めたひと時代そのものだ。


音源として聴いていた、という言い方だけでは足りない気がする。あの頃のShiggy Jr.は、照明やフロアの空気、ステージの熱、終演後の帰り道まで含めて身体で覚えている音楽だった。曲を聴くと、その時の自分の感情や景色まで一緒に立ち上がってくる。そういう意味で、Shiggy Jr.は私の中で「思い出のバンド」というより、人生のある時期そのものに近い。


最初のShiggy Jr.は、やっぱり“踊るバンド”だった。

ポップで、軽やかで、でもただ明るいだけではない。ライブハウスで鳴るあの高揚感と解放感には、何度も救われた気がする。Shiggy Jr.の音楽に惹かれた入口は間違いなくそこにあった。


ただ、振り返ってみると、私が本当に好きだったのは“踊れること”だけではなかった。軽やかに聴こえる曲の奥に、迷いや自意識や、日常のしんどさや、少しの寂しさがちゃんとある。その二層構造のようなものに、私はずっと惹かれていたのだと思う。


だから「LISTEN TO THE MUSIC」はずっと特別だった。

この曲には、ただ楽しいだけではない、日常を抱えたまま音楽に救われる感覚がある。Shiggy Jr.のポップさの真ん中にありながら、自分の音楽の聴き方そのものにも近い曲だった。


その一方で、Shiggy Jr.を聴き続ける中で、自分の好きの重心も少しずつ変わっていった。初期の“踊れるShiggy”の記憶を抱えたまま、後期の曲にある大人っぽさや陰影にも、強く惹かれるようになった。

特に「シャンパンになりきれない私を」や「サングリア」は、私にとって大きい。Shiggy Jr.のファンとして好きなのはもちろんだけれど、池田智子のファンとしても好きだと思える曲たちだ。背伸びした夜の気配や、少し湿度のある感情、ポップの中に残る翳り。そういうものが、この頃の自分には強く残った。


だから今では、踊る系の曲もただ無邪気には聴けない。

そこには解散前のイメージが重なっていて、楽しかった記憶だけでは済まない感情がある。ファンとしての傷、と言うと少し大げさかもしれないけれど、でも確かに、あの時代を知っているからこそ混ざる痛みがある。Shiggy Jr.のポップ開放は、私にとって単なる“明るさ”ではなく、失われた時間の輪郭まで含んで響くものになった。


そんな中で、再結集後の「今が幸せであれ」を聴いた時、これは最初から“手紙”だと思った。

懐かしさに寄りかかる曲ではなく、あの頃を知っている私たちに向けて、今を生きることを祝福してくれる曲。戻ってきたことを誇示するでもなく、過去の熱をそのまま求めるでもなく、「今が幸せであれ」と言ってくれる。その姿勢に、私は心から救われたし、アーティストとしての誠実さと成熟を感じた。


Shiggy Jr.を好きだったことは、私の中でずっと宝物だった。

でも「今が幸せであれ」を受け取ったことで、その宝物は過去のものではなくなった気がする。あの頃の時間が大切だったことも、今を生きている自分が大切にされていることも、どちらも肯定してもらえたからだと思う。


私にとってShiggy Jr.は、

踊って好きになったバンドであり、

歌詞と陰影を聴くようになったバンドであり、

最後には、生きてきた時間そのものを抱きしめてくれるような存在になった。


だからこれは、ただの好きなバンドの話ではない。

私の音楽視聴遍歴の中でも、Shiggy Jr.はひときわ特別だ。

ライブに通い詰めたひと時代も、その時に抱いた熱も、解散前後の痛みも、再結集のあとの優しさも、全部ひっくるめて、一生の宝物だと思っている。

あれから三年になりました。
Apple Watch買ったからのお話をします。

一言で言えば元を取りお釣りが来ました。



①運動習慣

②栄養の変化

③飲酒減少

④ジム通い

⑤ストレス耐性向上

⑥生き生きとした毎日

⑦前向きな力強い判断

⑧家族の健康に介入

⑨家族仲改善


こんな具合に連鎖が続きます。

自分がポジティブになると周りが変わることを三年間で感じました。そして、意見を求められることが増えました。すると、望みの行事やイベントにも行きやすくなりますね。win-winとなります。どうぞ皆様も好転した世界を楽しまれますよう。




久々の記事になります。

新しいことにチャレンジします。


①トレード

②その日思った トレード日記

③講釈はなし

なお、

トレードは額より比率で考える。

トレードアイデアは出しません。

これでやってみたい。


トレード#1

初めてGBPJPYを触った。

後述するが、

auじぶん銀行FX にお世話になることにした。

売168.794→買169.036  -242

買169.123 →169.503 +380

売169.552→


初期画面五分足で直近の上昇勢いが

弱まったと判断し、

移動平均線20と乖離が大きくなって一度ギャップを埋めると考え売りからエントリー。

すぐさま逆行し、2%のマイナスで損切り。

+11分


ドテンし上昇を見極め。

損切り30秒後に勢いが続くと判断、買いエントリー。

上昇し、先程の損切り額<含み益となるもの勢い止まらず。

観察して1分足の値動きが弱まり

4%弱で利確。

+17分

170円突破が意識されら中、

値動きが重くなり一瞬下がったのち

戻ったところで売りでエントリー。

売169.5 損切り170.5 利確167

今度は、先ほど残っていた買が伸びてきて逆行。

しかし170到達後の勢いは思ったより削がれる。


23時までとトレード時間を決めたが守らず。

20MAと乖離を埋めると予想し決済せず持ち越し。

起床後、169.0-169.5で推移。

午前は一瞬169.0を割り込むもレンジ。

午後になると売られて168.7まで下落。

4時間足はmacd がデッドクロス。

さらなる下落を見込みホールド。

ロンドン時間にゆっくり下落し、

10%の含み益に達し、下位足でタイミング計り利確。

トレード#1成績 +1135


初回記事につき、トレーダーを目指す気持ちと歴史をここに刻んでおきたいと思う。


想い

このチャレンジは、今まで5年近くインプットだけだった自分との決別でもあるし、表に出すことになり、利益を隠せない(納税)し、正々堂々とトレードで利確するのを楽しみたいから思いついたこと。さらに、自分の考えを自分の成長の為にまとめていくことにしたかった。



背景

そもそも外国為替に興味を持ったのは、

2010年転勤時に退職金を得て独身になった頃。

円高で、じぶん銀行口座で外貨預金をはじめたが、FXとは程遠い手数料と無知では手数料貧乏であった。

興味を失い本ブログの原点であるネットゲームffxi の世界に戻るものの、ゲーム内通貨を稼いでいるじぶんに気がつく。

2011年転居、同棲

2013年結婚

 この頃からカメラ、写真、旅行に勤しみ金融は無関心。

2014年家族の健康問題噴出、忙殺

 同年秋に地元に戻り就職。

2015年春にバンドにハマりライブハウスに通い始める

2016年第一子生まれ、里帰り出産で放っておかれる。

2017年子育てで濃密な一年なのにライブにも行き顰蹙を買う

2018年

からBTCに興味を持ち、口座開設。

まさに出川組。

Coincheck(cc)初取引は忘れもしない1/17。

1BTC117万円くらいだった。今思えば現物取引の手数料が掛からないccでろうそく足を沢山眺めて今では1日で1日で手にできる10万円でスタートした。ただ、レバレッジかける口座開設は受付終了しており、どうしたらいいかわからなかった。ポジポジとボラテラティの大きさを現物で眺めてたのは今になれば良かった。


そんなおり、2019年ころbitflyer(bf)で開設。

で、余剰資金内の売買でbtc-fxを中心に触った。

当初は10倍までかけられていた。ある日暴騰してサーバダウンしかけたbfだったが、一気に10倍に値上がりして、自分の思考がフリーズ。利確できなかった。

情報源を、先日廃止されたcc内のチャットだったのは良かったのか悪かったのか。いまでもわからない。

そこでたまにお会いする神龍さんを追ってイチゴDiscordに出入りした。エリオット波動に出会い、カウントして波を予測することに力を入れ始め、思い込みでロットを張るコツコツどかんは治る暇がなかった。

さらに近い将来の大きな需要増加を説いておられた先生たちのおかげで、自分の行動が投機と知りつつbtcに夢を抱くHODLerになれた気がしていた。ただ、トレード実績はさっぱりで年間の利益の確保には程遠く前職の退職金が底をつくのも時間の問題であった。資産形成のしの字もなかった。自己投資は自覚していたが、お祈りトレードが多く、メンタルの弱さを克服しようと運動を始めたりまでし始めた。

資金が乏しくなると大きく儲けたくなるのでハイレバに吸い寄せられる。そこで

安定のbotを稼働始める。しかし元手が減り効率低下。bfのレバレッジ規制によりbybitに移行。

この頃の情報源はbtc時代後半はyoutube だった。

botも移行したが、トレードバトルに参加して無理なトレードでゼロカットの憂き目にあって退場。わずかな資金でできるFXを求めてイチゴdiscord時代に開設したXMに復帰。クリプトは当時利用できなかったので、mt5micro口座で888倍を楽しんだ。当時は為替がよく分からず、動きが大きい原油なGOLDに翻弄され、ハイレバ病とポジポジ病に悩まされた。

手持ち資金の枯渇の後は、クレカ入金が活躍して負債を形成し始めた。

何月からか、急にクリプト(暗号資産)をxm がBTC/ETHの取り扱いを始めた。おりからの昨年末からの大相場はダブルトップ後の下落局面。ショートで稼ぎたい欲が強くなり、土日に取引できることから、一万円チャレンジと言いつつ一万円飛ばしまくりなんちゃってトレーダーとなっていった。自虐的にクリプトパチンカーでもはや投資の姿は消えていた。、コツコツどかん病を繰り返し小遣いを返上する羽目になった。


この二ヶ月、デモ口座で低レバ試したら月10-15%くらい行くので、ハイレバ卒業出来るか、国内業者で一万円今年は某業者でGOLDメインにハイレバ病とポジポジ病に悩まされた。クレカ入金した今季は、クリプトパチンカーとなり、さらに悪化。コツコツどかん病を繰り返し小遣いを返上する羽目になった。

YouTube経由の情報を頼っていたクリプトだったが、2022年2月のロシア関連で政情不安となり爆上げしたGOLDで、1時間で25万稼いだことをキッカケにツイッターのスペースにハマった。

移動平均線を主軸に戦う方法でインジケーターも軽く補助に使う程度でシンプルだった。

ろうそく足、エリオット波動、移動平均線、資金管理の順に課題がやってきて、手軽にクレジットカード入金で王手。これ借金と同じですもんね。

気が大きくなって資金繰りに問題が起き始めた。

そう、小遣いを返上する羽目になった。


決意

①デモ口座②国内口座

①順番が逆であるが、デモ口座を活用することにした。今後トレードの世界から足を洗うか、トレーダーを続けるかを、成績をみて冷静になろうとしたのであった。

低レバ25倍で試し、2倍になったら、三ヶ月毎月出金できるようになったらたら合格と判定するつもりだった。8月下旬から開始。今のところ約二ヶ月で月当たり10-15%くらい証拠金が増やすことができた。初期の額はデモなので50万スタートだった。これで習慣を変えなければ自滅を初めて意識した。手法の限界から今回の少額トレード、トレード日記に辿り着いた。


外的要因

実は先日マンションを買うことになった。

ローンを組むにあたり、直近の分割払い等を精算しておくことが条件になった。一世一代のピンチが勃発した。トレードができない。別口座経由の出金は、夏休みの余波でアホみたいなロットを張ってすっ飛ばしてしまった。感情トレードの危険性を繰り返し諭されるような出来事だった。


そこでである。

②国内口座

何ヶ月も証拠金に入れた一万円が動いていない口座が携帯に入っている。(5/30)

今月から、久しぶりにpovoの割安回線e-simから、au本家のフルスペック契約に戻した。回線契約や、節約を考えながらFXは無理だろうから。

暗号資産の税率よりFXの税率に惹かれたのもある。


そんなこんなを経て、苦手だったポンド円GBPJPYを低額、低レバ証拠金取引を、損切りを必ずつける勉強としても始めることにしたのだった。


今日の記事は、ここまで。

不定期日記としていきたいと思いますのでよろしくお願いします!



ご無沙汰しています。

模型鉄は、プラレールの修理しながら

卓上でBトレインN化の試走です。




カヤ27とカハフの模型鉄ならではの繋ぎ。



!!
銀のパーいちも参戦
昔買った釜ですが、30年ぶりに走りました。
墨入れまでしてましたが、反対側にあさかぜヘッドマークが!




昭和の銀釜にカシオペアの組み合わせ、実現するんでしょうか?

ではまた!





久しぶりに自分の世界に戻ると、今まで愛した鉄道愛とその記録が記憶を呼び戻してくれました。
積極的に過去ログと向き合うと、今につながりここから先の方向性が見えると思いますので、しばらく通常の記事と、リブログによる思い出しと今の想いをつづらせていただきたいと思います。

今ではすっかいTwitterの便利さに毒されてしまいましたが、まとめて記事を書くことも大事だなあと今回実感しています。

記事のあけぼの号ですが、稼働しているブルトレの宿は大変貴重です。
将来、復活運転する可能性がある限り、動態保存の意義は大変おおきく、今後も価値は大きくなるばかりだと思います。

寝台特急愛がつまった当ブログの過去記事もお楽しみいただければと思います。

あれからもう4年たちますが移動制限がない時期を迎えたら乗りに行きたいと思います。ではまた!




購入してからなんと10年も積んだままだったことが自分のブログ見てわかり悶絶しております。今回のコロナ、およびstayhome、家族の都合で一人の時間を模型と向き合うことが多くなりました。持っているコレクションをメンテナンスしがてら、一人運転会も頻繁に実施しておりますので、模型ネタを再開していきたい所存です。

10年の時を経て
マイクロの200系200番台はつつがなく試走完了しました。
しかし・・・
ネット上の情報にたがわずmicroaceのE751は稼働しませんでした。
自分の備忘録となりますので、現在進行形で今後記事になるかもしれません。
今日は振り返りでした。ではまた。
ご無沙汰しております。
前略、表題の二本公開しました。
題して国鉄型電車のテーマであらたなページをつくりました。

新宿駅の251系スーパービュー踊り子
新青森駅485系白鳥
いずれもホームからの撮影、ノーカットです。



https://youtu.be/-Wc6ymNnaWk


https://youtu.be/s9Di8bkI8-Y

iPadmini(第5世代)
iPhoneSE(SIMfree)
AppleWatch5

初代から、バッテリーの持ちが短いとのことで二の足を踏んでいたアップルウォッチをついに手に入れました。Nikeモデルがあまりにもカッコよくて夜中にポチってしましました。ただ、、、入荷日の連絡がなくいつものショップとは違う隣町のショップから連絡がきたのは歴史的な巨大台風が迫る上陸前日朝。
しかし何とか情報機器なので何かと役に立つ気がしたので、頑張って隣町で同日午後臨時閉店時間前に受け取ったのでした。

AppleWatch5、Wifi+セルラー版。



では開封の儀を写真で!

歴代
CPU socket
Socket7 K6-2/K6-3
 754 Athlon/Duron 1200/800
 956 無印/64/Phenom 1700/2400/3000/4200/
 AM2 Phenom2 940BE 9350(hp機で9150)
 AM2+ FX8120(8core)
 FM1 APU A6-3650
 FM2 APU A6-6700 A8-7850 A8-7870K
 AM3 Ryzen 1600X,1300 ,2400G(APU)
AM4 Ryzen 2700X 3700X (2019)


重厚な装丁で我が鉄道に入線した77系。
妻と開封の儀をしました。




30億円の額縁がリアルに再現されています!


我が5号車も立派です。


エンブレムまで精緻で驚きです‼️

正規に監修が入りななつ星ギャラリーで来月の中旬の予約が始まりました。

見て感動するNゲージは久しぶりです。さすがKATOさんです。

お手にとって見ていただきたいです。ではまた。