日経新聞に掲載されていて、

読んでいたら「ジーン!」ときたんで書かせてください。



「広島って街にさ、飛行機の上からションベンひっかけてやりたいと思っていた。」

自伝成り上がりの一節。



そんな矢沢の人生最大の危機が98年の正月に起きた。
オーストラリアでの詐欺事件。


「被害総額35億円だから。ギブアップですよ。普通ならもう立ち上がれないじゃないですか。」
しかも友人と側近の裏切りである。



「髪の毛抜けながら、過呼吸の手前ぐらいまで、精神的になるじゃない。はめた奴が許せない。」
「自分に対しても悔しかった。」
世間の好奇な目が肌に刺さるようで、家族と渡米した。



そんな時妻が「人を恨んでばかりいないで、あんな連中を忘れて借金背負って返していこう。」ということを行ってくれた。




矢沢28歳。
名曲「時間よ止まれ」はデモテープ。
何処からも、正当な評価を得られなかった。
しかし、奥さんは違った。
「このメロディーすごい!」
このように評価した。



矢沢は、それまでのリーゼントを下ろし、虚勢という仮面も脱いだ。


うまく行かないのは、人のせい、物のせいとしてハングリー精神にしてきた。
その人生を50歳の時のライブで全部許した。




人生思うように行かないのは皆同じ。「人はね、動けば何か起きますよ。良い事も、悪いことも。10プラスを狙えば、10マイナスもある。嫌だから人生やめますか。1回だけの人生じゃないですか。悪いことがずっとはないんだから。」
「方向を見失った時、人間は一番苦しい。矢沢を矢沢たらしめている羅針盤があるとすれば、それはもう一人の俺。
「あの詐欺事件のお陰で、今の自分がある。本当の俺は、金が欲しかったわけではないことも分かった。幸せとは何ぞや。音楽を一生懸命やることが幸せだということに気付きました。」




僕にとっての矢沢永吉は、「時間よ止まれ」のころである。
いまでもメロディー、歌詞を覚えている。
たしか中学2年のころだったと記憶する。


僕は矢沢永吉の生きざまが、不器用だけど一生懸命なとこ大好きです。