幸せ捜索隊のブログ

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不幸と幸せは背中合わせ。今不幸でもその裏側はすぐそばにあるって。前向きに生きたいね。

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息子の7回目の月命日

死を受け入れるつもりが、日々受け入れられないどころか

労基・事故・病院・諸々が残っていて、やることも継続する。

息子が生きていれば、仕事を手伝わせて・・・

色々考える。

あの時何故こうしなかったのか。

子供のころの可愛い写真。

いつから変わっていったのか。

本質は全然変わっていない優しい息子であっただけに

喧嘩をしてばかりの大人になった息子と会話が無かったことに

後悔ばかり。

悔しい。

帰って来い。

時間よ戻れ。

13年前の息子と家族に起きた事、ふと読み返した。

最悪、鬱、辛い、家族崩壊、色々暗い日々だった。

でも今、その時最悪な原因を起こした息子が居ない。

死んだら、最悪も語れない。

ゼロだ。

もっと悲しい最悪、それは親より早く子供が死ぬこと。

このブログで楽しい事を、幸せを伝えるはずだった。

最悪の事態が起きてしまっているじゃないか。何故私たち家族に。

 

長期脳死は遷延性障害と変わらないし、その可能性は信じる価値がある。

私はその事実に今も疑いは無い。

若い意志ではなく、担当医師とも昨日の今日で何故?急変はあり得る。

それだけか?

CCUと違い、数字がナースステーションに見えない。

酸素量、脈拍、拾える情報は5倍にしていたはず?

脈がゼロになるまで気が付かないわけがない。

悪いけど、疑いは拭えない。でもそれを争ってもデータ・資料が無く、

心臓停止と脈拍、論理的に分からない。

息子の死を受け入れることは、生き返らない息子を見て滅茶苦茶に泣いて、

死は受け入れた。

そして、急性期医療の一般病棟の限界は低いことも分かった。

これを療養病院に転院させる日本の恐ろしい医療制度は自分の未来にも

諦める時期が来ることも、予測された。

変わるべき人、変わるべき制度、変わるべき法律、課題が多すぎるが

消せない課題ではない。

私が科学者なら、息子の遺伝子を再生させたい。