荀ノ庵 -2ページ目

荀ノ庵

毎月2日12日22日に更新。

その時の、ボクらの意識状態に応じて、何度でも、その時に
必要な、最適なメッセージを受け取ることができますように



万物万象が、その本来の姿を全うして


絶対の静寂の中で、平穏に、安らいで





 

 

本日は、満月🌕ということで

3択リーディングです‼️

 

 

桜🌸とお月見🎑なんて

いかがでしょうか♪

 

(まだ、咲いてないよー😭

という地域の方は、ゴメンなさい🙇‍♂️)

 

 

 

 

では、本題へ🎴(←ここにも月が🌕)

 

 

 

 

左、真ん中、右のカードの中から、気になるカードを、幾つでも、ご選択ください🙏

 

 

 

 



 

 

 

 

全てのメッセージを、お読みになった上で、今のあなたに必要なモノを、それぞれに受け取ってくださっても構いません💡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———3択いずれも各々のメッセージの後半に、カードの意味によらない補足メッセージもございます📝

 

 

 

(最後に、“最澄さんの実像と虚像”に関する蛇足もございますので、もしご興味ございましたら、併せてどうぞ🙇‍♂️タイトルから想像する内容とは、少し違うかもしれませんが、、でも、このタイトルなのだと、云う📝)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左のカード

 



 

PLEASURE

FLOW

(全ての選択肢で、逆向きに

鏡のように、展開しています)

 

9 ANGEL OF DETERMINATION

 

SPIRITUAL CONNECTION

SPEAK THE LANGUAGE OF LOVE

 

1 THE UPWARD PATH

 

 

ー-本文メッセージ(カードリーディング)ー

 

貴方が、今、最も大きな

喜びを観じるモノを選ぶ

 

それは、過去でも未来でもない

今の貴方によって為されるモノ

 

過去に起きたモノでもなければ

未来に起こるモノでもなければ

 

今という、瞬間にしか

起こり得ない、選択を

 

貴方は、今も、積み重ねて

過去も、積み重ねて、来た

 

それは、過去を創り、今を創る

それは、今を創り、未来を創る

 

貴方は、そこに、どんな流れを

今、観じているのかを、選んで

 

今の貴方が、今の貴方を、選ぶ

貴方の確かな流れであるモノを

 

それを、それぞれに、道と呼ぶ

そこに、喜びを、観じるか否か

 

それは、大きな違いを、生む

貴方は、貴方のこれまでを、今を

 

どう観るかを、選ぶことができる

あるいは、選ばされて来たと

 

そう、言うこともできるとしても

それは、貴方が選んだことである

 

いや、そうは思えないかもしれない

外面的な状況ではなく、内なる存在に

 

あるいは、内なる存在ではなく

外面的な状況に、左右されても

 

その全てを、貴方の全てに導いていく

貴方の今を、その選択へと導いていく

 

そこに、必然たるモノを観ては

そのステップを今、登っていく

 

 

 

何が貴方を動かしていくとしても

何も貴方を動かさないとしても

 

それこそが、貴方を

貴方へと、動かすモノ

 

現実的な繋がりも

霊的な繋がりも

 

誰もが、無視することは

できないモノ、できるモノ

 

断ち切ることも、繋ぐことも

許されることも、許されぬことも

 

それが、貴方と全てを

導くことを、知らせるモノ

 

全ての貴方と、全てに

華を、咲かせて

 

 

左のカードのメッセージを

最後まで、お読みくださった方🙏

何か貴方に響くモノを見つけていただけたら

幸いです🙇‍♂️いつもありがとうございます‼️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真ん中のカード

 



 

LEADERSHIP

TRUTH

(全ての選択肢で、逆向きに

鏡のように、展開しています)

 

10 ANGEL OF DREAMS

 

LOVE IS ALL AROUND YOU

SIMPLE ACTS OF KINDNESS

 

31 SURRENDER

 

 

ー-本文メッセージ(カードリーディング)ー

 

リーダーとして見える姿、立つ姿

その外面と内面は、時に、異なり

 

リーダーとして、語るべき言葉

語られる言葉は、時に、異なり

 

そこに見える真実は、リーダーの見る真実は

時に、誰にも、本人にも知り得ぬモノである

 

安心して、夢を見られるように

安心して、眠ることができるように

 

あるいは、目覚めさせるために

安心して、目覚められるように

 

そっと、見守っている

貴方を、守護する存在

 

見渡せば、そこかしこに

貴方に、届けられるべく

 

愛が、満ち溢れて

そこに、愛を観て

 

優しさを、届けて

優しさが、届いて

 

愛がどこまでも巡っていく

決して尽きることのない愛

 

ただ、そこに目を向けていく

その先に続く、貴方を観じて

 

その貴方に、そっと委ねて

そこに、貴方は見出される

 

 

 

苦しみに耐え抜く姿も

平然と平気そうな姿も

 

その裏表は、何によってか

何処に、如何なる愛を為す

 

苦楽を、知るも知らぬも

愛憎を、知るも知らぬも

 

外面のみでは、判断できず

内面を、正しく観ることは

 

如何に難しいことかを知る

どんな愛と優しさが隠れて

 

あるいは、本人も気付かず

そして、誤解されることも

 

それも、儚き夢の如く

それこそが、また夢の幸へと運ぶは船か

 

嵐が連れ去るは、不幸か

何処へ、辿り着くとも、貴方を志(師)へ運ぶ

 

この志(師)とは、貴方を超えた

貴方の中にある志(師)

 

あるいは、現実的な

貴方とは異なる、存在としての“師”か

 

さても、その“師”も、貴方の内なる志(師)が

それを、師(志)とした時に、そうなるモノと

 

 

真ん中のカードのメッセージを

最後まで、お読みくださった方🙏

何か貴方に響くモノを見つけていただけたら

幸いです🙇‍♂️いつもありがとうございます‼️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右のカード

 



 

ILLUMINATION

PURIFICATION

(全ての選択肢で、逆向きに

鏡のように、展開しています)

 

16 ANGEL OF HEALTH

 

HONESTY IS ESSENTIAL

TURN ON YOUR HEART LIGHT

 

18 THE HEART

 

 

ー-本文メッセージ(カードリーディング)ー

 

曇り空は、真の空の姿を

貴方に、見せてくれない

 

あるいは、曇り空を

真の空の姿であると

 

言うのは、偽りか

それも、また真実か

 

波立ち、揺らぐ水面は

鏡のように、空を映さず

 

歪んだ顔を、貴方は見て

貴方は、自信を失うのか

 

貴方の目が歪んだのか

鏡という目が眩んだのか

 

いずれも、掃除して、浄化して

曇りなく、光が透き通るように

 

心も身体も霊魂も、透き通るように

貴方の何かが健康的でないのならば

 

何かを掃除して、何かを浄化する

それに気付くために、促すために

 

健康を害するモノが何であるかを

貴方自身で探っていく必要もある

 

外的に治す、外的に除去する

それだけでは、根本解決にならず

 

内から掃除して、浄化して、癒す

貴方の治癒力を信じて、任せる

 

貴方は、貴方自身に正直になる

貴方にとっての最も愛ある誠実さ

 

貴方が貴方に対して贈るべき最愛

それを問い続けて、そこに愛を贈る

 

今、貴方に本当に必要な貴方への愛

今、貴方に本当に必要な全てへの愛

 

貴方のハートの中心から全ての宇宙へ

湧き起こる炎、純粋な水を流していく

 

貴方のハートの中心を癒す時に

全てのハートの中心も癒される

 

全てのハートの中心を癒す時に

貴方のハートの中心も癒される

 

いつでも、そこから

何かを、始めていく

 

 

 

今、全てをハートの中心から

それが、出来れば、出来ずとも

 

それを、しようとすれば、それでいい

出来ているかどうかと、心配せずとも

 

その心配こそも、ハートに寄り添う

ハートの中心から行なっている証拠

 

心配することも、心配せぬことも

それが、自然に起こることならば

 

それも、またハートの声であると

それは、貴方ではないと思うなら

 

貴方であるモノに、愛を注いでいき

ハートの中心から、為すべきを問い

 

ハートの中心から、貴方の全体から

今この瞬間に、己の為すべきを答う

 

何が貴方であるか分からぬならば

貴方の中の、貴方を超えた何かに

 

全て、任せてみればいい

 

その時、貴方のどうしても

嫌なことはせずとも、よい

 

よく、話し合ってみる

よく、感じ合ってみる

 

言葉や、頭だけでなく

ハートや、呼吸に問う

 

そこにまた、貴方は現れる

そこでまた、貴方は己を知る

 

曇り空も、雨降りも、虹も

雲ひとつない、青空の全て

 

波立つ水面も、凪いだ鏡面も

全ては、貴方と全てを現して

 

ただ、全て移り変わってゆく

そこに、任せてみればいいと

 

そこに、抗うこともまた

貴方であることを、知る

 

そうして、紡がれていく

そうして、紡いでいく糸

 

貴方と、全ては

今、知り知らず

 

希望と知らずも

希望へと行き幸く

 

 

右のカードのメッセージを

最後まで、お読みくださった方🙏

何か貴方に響くモノを見つけていただけたら

幸いです🙇‍♂️いつもありがとうございます‼️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー-蛇足-(伝教大師 最澄、その虚像と実像)-ー

 

**ここに、“虚像と実像”と書いたのだが、何が虚像であり、何が実像であるというような、たった一つの真実なるモノを解き明かす意図は、実は、ここにはない。誰かにとっての実像は、誰かにとっての虚像であり、また、当人にとっても虚像であり得る。(実は、これは、今回のカードリーディングのテーマにもなっていて、ここにもシンクロしていると、最後の最後になって、気付かされる💡これは、僕自身の意図では全くない📝動かされるままに、動くべきだと思うままに、全てを行ったら、全てを書いたら、そうなっていたことに、今、気付かされる。ここ→()内の文章は、この記事の一番最後に書き足したのです。。ある意味、自分でやったことであるとは言え、こんなにも仕掛けが、、🙏)**

 

 

(あゝ前置きが、こんなにも長くなるとは、、🙇‍♂️)

 

 

さて、本題へ

(あくまで、蛇足→🦎の本題である📝)

(然るに、足が生えてこそ、完成するモノ🐉)

 

最澄さんと言えば、必ず??と言っていいほど、空海さんと対比されがちである。優劣、勝ち負け、善悪、好き嫌い、さまざまな視点で語られる。彼ら個人のことであり、彼らの説く、仏法、経典、教えの優劣であり、彼ら自身も、その優劣を説いたりもする。彼らも常に、何かと闘っていたということを知る。外的に何かと戦うということは、自己の内にも何かが闘っているということ。あるいは、闘うことを嫌うこともまた、それと闘っているのかもしれない。それが、わかりやすい形であれ、無意識で非常にわかりにくいものであれ、何かと闘うということを失くして、完全に内なる平和、葛藤や争いがないということは、さて、どういう常態(常なるあり様)のことをいうのであろうか。それが、世に言う悟りであろうか。しかし、この悟りという概念も、なかなか難しい面を孕んでいる。いや、ここで、悟りとはこういうものだと書くことはできない。それを書いてしまった時に、それは悟りの全てを表すモノではなくなってしまう。悟りとは、そういうモノである、というのが、最も悟りを表す言葉であり、言葉にはできぬモノである。そういった境地にまで辿り着いた時には、貴方は本当に悟りを得ているのかもしれない。あるいは、そういったことに、こだわることも無くなっているのかもしれない。何かを目指すということは、どうしてもそこに、こだわりを持たねば、成し得ないものかもしれない。しかし、悟りというものは、それをこそ手放さねばならない。そうして、初めて、悟りの道を進んでゆく、ということであるらしいのである。なぜか伝聞形式で書くのだが、その段階においては、そうである。あるいは、本当にさまざまな道があるということも言える。それは、今書いた“その道”に辿り着くまでの道である。また、その先の道においても、そうである。あるいは、常にその道にいるということも、それをそうとは思えないことも含めて、そうであるとしては、仏法も教えも必要なくなる、とも言える。しかし、神道には、教えというモノがない。それは、常に、今必要な教えは、己の中にあるということの裏返しに他ならないのかもしれない。いや、それ以外には、己にとって今、本質的に必要なものは、あり得ない。そして、それは仏教の教えの根本にもある。

 

全ての争い闘いは、その外側で、その周辺で、それぞれの言葉と見方の違いによって、もたらされる。

 

全ては、根本の教えのためであったとしても、周辺だけに囚われては、中心には辿り着かない。それでも、必ず、いつか、辿り着かざるを得ないところであり、そのように出来ているのではないかと、思わされてならないのであるが、あまりに中心から遠く離れたところにいては、とてもそうは感じられないというのも、正しい見方なのかもしれない。あるいは、それがあまりにも近過ぎるがためであるということもあるのかもしれない。灯台下暗しとはよく言ったものである。

 

太陽の重力や、銀河系の中心の重力を、僕らが意識的に観ずることはないように、それは、常に、働いているとしても、それを自覚して、生きるということは、そうそうないことであろう。

 

地球の重力を常に感じていても、当たり前すぎて、そこに不思議さも有り難さも、常々、観じながら生きるということはないかもしれない。

 

然るに、より大きな中心に寄り添ってみれば、それだけ大きなモノに抱かれていることを、その安心感を観じられるというモノである。

 

宇宙全体の中心ほど、より大きな中心はない。

それは、貴方の中心と、繋がっていて、同じ中心を持っている。全ての中心と繋がっている。

 

地球の中心も同じこと。それは、一般的に考え得る、物理空間的な中心というだけではない。意識的な中心でもある。またそれも、今、常識的に捉えられている物質的なモノを超えた、物理的な中心であると言えようか。どの粒子レベルで観るかが、次元の違いと言えようか。よく波動とか周波数と言われるが、どの粒子レベルの単位の波動を感じているかということが、その意識の違いとして現れると言えようか。そうはいっても、しっかりと中心を捉えるならば、実は、それらの中心はいずれも重なり得ると言えようか。そのようなことを、半ば、確信に近く、観ずるのである。そうはいっても、それは五感によって感じるようなものではないので、物理的に観測できるようなものではないので、なんとも言い難いのであるが、、何処までも、細かく細かく、無尽に無限に、全体に行き渡るようなレベルまで、何処までも、果てしなく、無辺に無偏に、通ずる根源へと、中心へと、辿り着かんと、、あるいは、そこまでも行かずとも、今の己の観測できる範囲の全てを以て、己の中心と全ての中心の重なる中心を捉えんと、、今この瞬間の、己というものが、完全に失われない領域にて、圧倒的な存在感を放つ領域にて、、

 

 

|

 

全ての中心は、全ての中心と共にある

全ての中心は、全てと調和している

 

時空を超えて、それを観ることを

全て見えなくとも、それを観じることを

 

|

 

 

 

 

さて、最澄さんの話が

いつのまにか、脱線してしまった

 

これこそが、重力だろうか??

 

いや、僕が最澄さんを

無視しているわけではない

 

僕と最澄さんの意識が

そこへ、向かわせた

 

 

そういうことにしておこう📝

 

いや、そういうことらしい💡

 

(そうですよ、と最澄さんも言ってくれる🙏)

 

(ちなみに、これは僕が、無理矢理に最澄さんに言わせているのではない📝あるいは、そういう見方もできるとしても、、如何なる存在も、肯定してくれない時は、決して、肯定してくれないのである。それが、貴方にとって、その存在にとって、必要なことであるということでもある。互いに肯定しなければ、それを肯定することは決してできない。空海さんと最澄さんの関係や、あるいはその弟子たちの関係も、、)

 

(全てが、全ての伏線になっているとも観じる)

 

 

 

さて、最澄さんと言えば

天台宗、比叡山、延暦寺

 

比叡山で、天台宗の教えを学んだ

数多くの弟子たちは、また新たに

 

それぞれの宗派を、立ち上げて

比叡山から、巣立っていった

 

法然さんも、親鸞さんも、道元さんも

日蓮さんも、栄西さんも、一遍さんも

 

それぞれに、やるべきことを見出して

それぞれのやり方で、教えを広めるために

 

 

何かだけが、正しくて

何かだけが、優れている

 

そんなことはない、それぞれに

真実があり、伝えるべきモノがあり

 

最澄さんと、空海さんの

彼らの生前には、知り得なかったであろう

 

大きな違いを、ここに観ることができる

どちらが良いでも、劣っているでもなく

 

それぞれに、果たすべき役割が

あったというだけのことだと

 

 

 

それも、今の僕はそう思う

というだけのこと🌱

 

誰かは、誰かや何かに対して、圧倒的な

悪や間違いを見出すかもしれないし、、

 

それは、僕にもあるであろうし

僕が、誰かにそれを観ることもある

 

それこそが、僕らを創り出すものでもある

それこそが、全てと僕らを描き出す宇宙だ

 

 

 

|

 

然して、一人一人が何を表現していくかが

争いを生み、また、調和をも生むのである

 

外に向かうばかりでなく、己の内へ

ひとつひとつ、調和へと導いていく

 

そこで初めて、外へと調和していく

その調和が、また内なる調和を生む

 

どこまでも、内へ内へと向かうことが

自ずと、外へ外へと向かうことになり

 

また、その逆も、起こっていき

次々に、循環していくのである

 

あらゆる単位のサイクルで

必然と起こり、起こされる

 

大小さまざまに、時空間いずれも

波が、波を起こして、起こされて

 

全ては、調和へと向かっていく

貴方も、そこへ、向かっている

 

|

 

 

 

 

 

**ここまでお読みくださった方は、本当に貴重なお時間を割いて頂き、誠にありがとうございます🙇‍♂️またもや、釈迦に説法となりましたら申し訳なくも、生暖かく🍺(ビール泡が吹き飛ばないように🥴)お見守り下さいますと幸いです🙏**

 

 

 

 

 

 

 

 

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今回も、最後までお読みくださり

誠に、ありがとうございます‼️

 

 

 

 

ピンと来た時に💡

ふと呼ばれる時に🪽

 

特に何もなくとも🥴

深く考えずに息抜きに🥱

 

 

 

初めましての方も、よかったら

是非また遊びにいらして下さい⭕️

 

 

 

 

 

 

📢

 

 

前回、更新予定日をスキップしてしまい、楽しみにされていた方、ご心配をおかけしてしまった方には、大変申し訳ありませんでした🙇‍♂️

 

どうしても、当日までに、納得のいくものができず、、さらに、、体調不良も重なり😷🤒

 

実は、今も、それは完成に至らず、、

(これは、僕個人だけの意思決定によらず、、)

 

方々思案の末に、改めて、別の意識を通じたメッセージをお伝えする運びとなりました🙏

 

重ねて、お詫び申し上げます🙇

 

 

📢

 

 

 

 

 

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本日(2026.3.19)は、新月🌑ということで、オラクルカードメイン(と云いつつ、今回はタロットも結構入ってます、、どないやねん🫲笑)の、3択です❗️🤣

 

 

 

 

おふざけはこの辺にして、、

以下、真面目モードです🥴

 

 

 

 

 

 

 

左、真ん中、右のカードの中から、気になるカードを、幾つでも、ご選択ください🙏

 

 

 

 



 

 

 

 

全てのメッセージを、お読みになった上で、今のあなたに必要なモノを、それぞれに受け取ってくださっても構いません💡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———3択いずれも各々のメッセージの後半に、カードの意味によらない補足メッセージもございます📝

 

 

(最後に、余談”空海さんとボクのご縁に寄せて“もございますので、もしご興味ございましたら、併せてどうぞ🙇‍♂️)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左のカード

 



 

MIRACLES

CHOICE

 

FOUR OF CUPS

XVII STAR REV.

 

EIGHT OF SWORDS

SEVEN OF PENTACLES

 

 

奇跡を選んで、奇跡を観る

無限の選択肢から、一つを選ぶ

 

その瞬間に選ぶモノが

また、次の無限の選択肢を生む

 

そこで、また一つを選ぶ

奇跡を選んで、軌跡を観る

 

軌跡を選んでも、奇跡を選んでも

いずれも観て、無限の可能性を観る

 

何か不満があっても

何かが足りなくても

何かに飽きていても

何かが叶わなくても

 

その軌跡が、奇跡を呼んでいる

あなたが、軌跡を観て、奇跡を呼ぶ

 

そこに、奇跡が、垣間見えて

そこに、軌跡が、垣間見える

 

全ての瞬間に、全てを飛び越える

何を観ても、どんな軌跡も、飛び越える

 

全ての軌跡に、全ての奇跡を観て

その軌跡へ、飛び込んで、奇跡を観る

 

全てを観て、本当に全ての

奇跡の可能性を見尽くして

 

今、その軌跡に立つ

今、その奇跡を映す

 

あなただけの奇跡が

あなたの軌跡を運ぶ

 

信じれば、信じられて

信じられれば、信じて

 

その奇跡も、その軌跡も

確かに、全てに存在する

 

 

|

 

奇跡は必ず、そこに至る

軌跡と、共に、存在する

 

それは、あなただけに

見えるモノ、感じられるモノ

 

それが、どんなカタチでも

それが、変わっていくとしても

 

それは、あなただけのモノ

同時に、全てのためのモノ

 

あなた自身も、あなた以外も

自覚があっても、なくても

 

全てが、観じているモノ

全てが、知っているモノ

 

それを、選んで

それを、観ずる

 

それを、続けていく

永遠に、続けていく

 

そこに、軌跡は拓いて

そこに、奇跡を運んで

 

|

 

“左”の選択肢は、以上です📝

最後まで、ありがとうございます❗️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真ん中のカード

 



 

TRAVELING LIGHTLY

THE ORION GATE

 

SIX OF WANDS

III EMPRESS

 

FIVE OF PENTACLES

KING OF SWORDS

 

 

本当にあなたに必要なモノは

手放すことのできないモノ

 

どれだけ荷物を軽くしようとも

あなたが持つべきモノがある

 

それは、あなた自身が

手放したくないモノ

 

手放すことの

許されないモノ

 

そこに、自らの

犠牲を観じない

 

犠牲心ではなく

自ら望んでする

 

たとえ、それが、仮に大きな犠牲を

払うようなことで、あったとしても

 

必ず、あなたが、あなたに報いる

あなたの受け取るべきモノがある

 

あなたが、それを照らしていればいい

あなたが照らせば、その灯を絶やさなければ

 

それは大きな光へと

それは大きな愛へと

 

あなたによって、全てによって

あなたの全てに、全てが育まれる

 

どんなに凍える気持ちにも

どんなに絶え難い想いにも

 

あなたが、必ず、勇気付けられるモノ

それは、あなたが確かに持つべきモノ

 

不遇や困難を、それを観る心を

自ら断ち切って、打ち克つ心に

 

あなたは、そこへ

あなたが、導いて

 

何度でも、何度でも

あなたであることを

 

あなたであったモノを

自ら、乗り越えていく

 

それが、新たなあなたを生み出す

それが、あなたであることである

 

 

|

 

私が、私であったように

私が、私になったように

 

あなたが、あなたであったように

あなたが、あなたになったように

 

全てが、私を作り上げて

全てが、あなたを作り上げて

 

私が、あなたを作って

あなたが、私を作って

 

それは、私だけのモノであり

それは、あなただけのモノであり

 

それは、二人で分かち合うモノであり

それは、全てと分かち合うモノである

 

|

 

 

”真ん中”の選択肢は、以上です📝

最後まで、ありがとうございます❗️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右のカード

 



 

MYSTIC HEALER

GATEWAY

 

THREE OF WANDS REV.

XIX SUN REV.

 

ACE OF PENTACLES

VIII STRENGTH

 

 

あなたの意識が

あなたを浄化し

 

あなたの意識を

拡大させている

 

あなたの恐怖を

あなたの不安を

 

あなたが、浄化しては、癒しを観じて

その癒しを観じて、意識を変容させる

 

その度に、その旅ごとに

 

あなたの意識は、働く世界を変えて

あなたの意識を、観る世界が変わる

 

何らかの達成は、新しい目的を生み

何らかの達成は、その目的を終える

 

目的と同化し、達成と同化した時

新たな目的と達成への同化を欲す

 

その同化は、尽きることなく

その達成は、尽きることなく

 

また、あなたに、差し出される

あなたの、新たな目的に達する

 

それは決して、輝きを失せず

それは決して、遠ざからずに

 

あなたと共に、坐(いま)すモノ

あなたを常に、輔(たす)くモノ

 

互いに頼らず、在れないモノ

互いに支えず、在れないモノ

 

それを、何と呼ぶか

あなたが、知るモノ

 

 

|

 

あなたが、それを観じずとも

あなたが、私を観じずとも

 

それは、確かに、そこに在って

確かに、あなたを、支えている

 

信じれば、信ぜざれば

観じれば、観ぜざれば

 

いずれでも、在りて、在らざる

いずれでも、無くて、無らざる

 

確かに、其処に

確かに、此処に

 

私は、坐す

あなたは、坐す

 

あなたと、共に

私と、共に

 

|

 

 

“右”の選択肢は、以上です📝

最後まで、ありがとうございます❗️

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー-余談-(空海さんとボクのご縁に寄せて)-ー

 

さて、弘法大師 空海という存在を知らない人はいないだろうとさえ、今でこそ、ボクはそう想ってしまうのですが、、それは、ボクにとって空海さんがあまりに身近な存在になってしまったからかも知れません。かくいうボクも、かつては学校の授業で、空海ー真言宗ー高野山ー金剛峯寺というように、キーワード的に勉強して、名前を知っているだけに過ぎませんでした。それが、いつしか、神社に興味を持ち、いろんな神社に行くようになり、(最初は神社だけで、お寺には全くと言っていいほど興味がなかったのですが、、)ひょんなことから、まるで、空海さんに導かれるように、お寺なら密教系(真言も天台も;天台は空海さんと双璧をなす最澄さんの宗派。空海さんと最澄さんの関係については色々感じられる方がいらっしゃると思いますが、、互いが存在しなければ、今の互いの地位も功績もなかったであろうと言うのが、一つ言える、確かなことではないかとボクは観じます。)や修験道、(最近は、禅も)、お寺でなくとも、空海さんゆかりの地へと、偶然にも行き当たるようになっていきました。予期せずに、意外な場所で、出会うたびに、ますます、不思議なご縁を観じるようになりました。不思議な体験も数え切れないほど、、(神から遣わされたとしか思えない人に出会ったり、絶対に此処に行きなさいと言わんばかりに、様々な人がさまざまな方法で導いてくれたり、時にGoogleMapアプリの不具合のようなことまで起こされたり、さまざまなシンクロニシティは、もう日常茶飯時ですが、、そこに対する絶大なる感謝というものは、何度体験しても、決して薄れていかないモノだなぁと、その度毎に、観じさせられております🙏)さて、空海さんが日本中に広めた真言密教の教えは、ボクを宇宙の真理とでも呼ぶべき何か??に導いた、最大のキッカケといっても過言ではありません。仏教仏典についてそんなに多く勉強したワケでもないのに(といっても、いくつかのお経の意味を学んだり、いろんな法話を聞いたり、仏教以外からも学び、あとはボクの場合は、見えない存在との対話というところもおそらく大きく)、不思議とすんなり納得がいくというか、腑に落ちる感覚がありました。これは、おそらく言葉だけで理解したというよりも、さまざまな霊的な存在がサポートしてくれて、なおかつ、霊的な感覚での理解(霊知)というものが起こったのだろうと思います。でも、それは、その瞬間に全て悟って、これでもう学びは終わりというものではなく、そこから、どんどんと今尚、様々な気付きが深まっていくものです。非言語的な理解から、言語的な理解へと、深まっていくという面もあります。行間がどんどん埋まっていく感じでしょうか。同時に、何か最初に得た“感覚”(気付きの中心とも言える、言語表現を超えたモノ。先に、真理とも呼ぶべき何か??と記載したモノ。)は、どこまでいっても、どんな状況でも、決して、崩れないものです。どんなに迷っても、不安に襲われても、それでも、崩れないものです。”南無大師遍照金剛(弘法大師空海の御真言)“の、金剛(ダイヤモンド)のように固く、壊れないものです。それを、仏教の世界で例えて言うならば、仏性といえるでしょうか(仏教の宗派によっても、それを説く人によっても、その意味合いは少しずつ変わってきますが、、ここでは、ボク自身の観じている世界観として記述します🙇‍♂️)。あるいは、それは宇宙の法です。仏性も、宇宙の法も決して壊れないものです。この法を、法律のようなイメージで捉えてしまうと、少し意味を取り違えてしまうかもしれません。法は、この宇宙がどのように成り立っているかの仕組みと法則のようなもので、仏性はその中で、一人一人がどう生きるべきかの指針であり、どう生きるべきかを知っている意識とでも言えばよいでしょうか(この考え方はどちらかと言えば禅的であるかもしれません。禅にもいろんな考え方がありますし、、いわゆる、仏教の世界における説明とは異なる部分もあるかもしれませんが、、)ボク自身は、そういうモノであると観じています。仏性を、仏様の心であると捉えると、それは、仏様がどういった心を持っているかを正しく認識しなければ、仏性を正しく働かせることはできないということになります。仏性は、仏様になる素質でもあり、仏様の心(意識)そのものでもあります。その仏性とも言えるモノを、自らに見て、全てに見て、自らそれを働かせようとする限り、仏様の心とは、仏様の慈悲慈愛とは、ボクらの想像を絶するほどに、広大で深淵であることを、常々、観じさせられます。時に、全く想いもよらぬ方法で、一切衆生を救ってくださいます。でも、その広大で深淵で、圧倒的な慈悲慈愛である仏性は、ボクらの全てに、すでに備わっているモノです。ボクら一人一人が、すでに仏様の世界を体現しているわけです。一人の中に全ての仏様の世界があり、また、この世界全体が、仏様の世界をそのまま表現したモノでもあります。これを言葉で説明するのは非常に難しいのですが、、言葉の受け取り方によっても、全く違う理解になってしまう場合もあるからです。。だから、仏法は言葉を離れているとも言いますし、心で伝えることを大事にしているところもあります。禅の教え(本来的には教えというものがない。必要なことは本来的に全て己に備わっているという考えです。ただし、それに“気付かせる”ということは必要になってきます。)には、ことさらに、言葉や概念知識の囚われから脱却させようというモノをも観じます。人から人へ伝える場合には特に、霊的感性の響き合いというものが非常に大事になります。人と霊的存在の間のコンタクトについては、必然と霊的感性を通してしかコミュニケーションができないのですが、人と人の場合は、どうしても表面的な言葉の理解だけになってしまいがちですし、互いの言葉に載せた想いや意味合いが食い違うこともよくあります。いつ、何が、誰の仏性を目覚めさせるかは、仏教や禅の祖師にも計り知れないものです。あるいは、仮に知っているとしても、他者に対して、いつでも自由自在に起こせるモノでは、必ずしもない、ということもあります。それも、互いの何らかの学びのために、必要なことでもあるのでしょう。常に、己の仏性によって、(仏性とは何であるかを問い続けながら、)思考し、行動することを、可能な限り、意識できる限り、全ての瞬間において、実践しなければ、己の仏性も、この世の全ての仏性も観じることはできません。あるいは、別の見方をすれば、いつ何時も仏性(や宇宙の法)が働いていないということはないのですが、、そうすると、なぜ仏性(や宇宙の法)によって思考・行為しようとしなければならないんだという話にもなります。しかし、このある意味矛盾するように思える部分を理解してこそ、仏性(宇宙の法)の本質を理解し得るとも言えます。(言葉というものの性質上、これ以上説明するのは難しい面があるのですが、、過去の先人たちも、言葉にできない苦しみと闘ってきたのを観じます。言葉というものの“二元性(相反する二つを分けて別なモノとして捉える)”を超えて観じる必要があります。全ては、表裏一体で在るということです。善性を観ることも、悪性を観ることも、仏性を観ることも、煩悩を観ることも、互いが互いを存在させ、それを観なければ、それは存在しません。それを観れば、それが存在します。その時、己以外の全てにも、仏性が働いていることを観て、全ては仏性の働きであると観て、己の思考と行為を仏性によって働かせていくということです。仏というと、イメージし難いかもしれませんが、真言密教の修行としても、自ら仏になり切るというものが、あるそうです。ボクは、とあるお寺の、とある仏様に、“死ぬまで仏、死んでも仏”と言われました。加えて、“仏であることも、修行である”と、この奥深さ、意味深さを、その後、ボクは考え続け、観じ続けています。此処でいう、“仏”とは、如来とか菩薩とか明王とかそういった区別のない“真如一理(突然この言葉を渡されました。これは、宇宙の真理や絶対的な真実・真如は一つで在り、区別や分裂がないことを意味します。)”としての“仏”です。仏はゴールではなく、仏であることがスタートであるわけです。弛みない修行です。如来にして、菩薩として働き、明王として働き、天部として働き、その時に、最も、最善で最適で必要な働きをします。それは、肉体を持っても、肉体を抜けても、永遠に、尽きることのないわけです。今も、弘法大師 空海さんは一切衆生を救わんと、いつもボクたちのそばで見守って助けてくださっています。それもまた、空海さんの仏としての修行であるわけです。いつしか、空海さん自身に、“お前に、私の苦しみがわかるか“と、少し厳しい言葉を頂いたこともあります(空海さんがそんな言葉を発するわけないと想う方もいらっしゃるかもしれませんが、、此処にも絶大なる慈悲慈愛があります)。言葉はそれだけでしたが、ボクの脳裏には様々な想念がよぎりました(これは、今思えば、言葉によらず、瞬時に霊的に伝えられたモノ、だったのかもしれないと、観ぜられます)。到底、今の自分の苦しみなど、全く適わないと想わされます。そして、続けて”あなたは、そこまでの苦しみを味わなくともよい“とも、それは、本当に全て、空海さんだけならず、過去の偉大な先人の方々のお陰様以外の何ものでもないことを、その瞬間に痛感させられました。

 

ここに是非、過去現在未来の、万物万象の、全ての働きによって、今の自分があることを、観じて生きてみて頂ければ、それだけで、己の思考と行為の選択が、必ず、仏性(もし仮に仏性の中に善悪を観て分けるならば“善い仏性”、ただし、“こういうモノが善い仏性であるとは定義できないモノ”、つまりは、“その時々の全てにおいての最善”)の働きへと変わっていきます。それは、必ず、自分自身にとっても、全てにとっても、良い働きをもたらさないハズがないモノです。同時に、その良い働きを観る心(=それもまた仏性である)もまた、必ず育まれていきます。

 

全てが、全てのための善き働きであると、観じればこそ、己の意識と行為を、己にとっても全てにとっても、全てを最善に導く、最善の働きへと、全てを変容させます📝

 

 

此処に、こうして、貴方が出会ってくださり、ここまで読んで下さったことも、ありとあらゆる、計り知れない、因果縁起によって生じていることを観じるにつけ、感謝を懐かずには居れません🙏

 

 

**図らずも説法の如きモノを書いてしまいました。釈迦に説法となりましたら、どうかご勘弁頂けますと幸いです🙇‍♂️貴重な時間を割いて、最後までお読みいただき誠にありがとうございます‼️**

 

 

 

 

 

 

 

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今回も、最後までお読みくださり

誠にありがとうございます‼️

 

 

 

 

 

ピンと来た時に💡

ふと呼ばれる時に🪽

 

 

 

 

初めましての方も、よかったら

是非また遊びにいらして下さい⭕️

 

 

 

 

 

 

では、また次に、その機に

その必要によって、お会いする時まで👋

 

 

 

 

 

 

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-IDEAL SOULMALE TAROT-

 

EIGHT OF CUPS

VII THE CHARIOT

 

EIGHT OF PENTACLES

QUEEN OF PENTACLES REV.

 

KNIGHT OF CUPS

SIX OF WANDS

 

-TOP-

TEN OF WANDS

 

-BOTTOM-

TWO OF SWORDS

 

 

 

ーメッセージ本文-(カードリーディング)-ー

 

遠き日に交わした約束を(*1)

果たすために旅立つ日に

 

決意は覚悟へ(*2)

光に闇を服(の)む

 

全ては先を見据えて観る

今に在らずと無からずと

 

今に大きくも先に小さき(*3)

今に小さきも先に大きく

 

動かされる想いと

動かされぬ想いと

 

一度一度に

一日一日を

 

移り往く日に

進み往く日を

 

重ねても、重ねても

動いて、動かぬモノ

 

重ねては、重ねては

動かんと、動くモノ

 

そうして覚悟を積み

決意は覚悟を育てる

 

精神論のみによらず

物質論のみによらず

 

努力のみによらず

意志のみによらず

 

不要なものを受け入れず

必要なものを積み重ねる

 

愚直に、理屈抜きに

徹底的に、棍(こん)を詰め

 

自然に、不自然を除き

不自然に、自然を得る

 

最愛の想いと出会う

いずれ違わず来たる

 

求めては求めず

望んでは望まず

 

来るもの拒まずと

去るもの追わずと

 

祝福を掴めば

勝利と掴んで

 

さらに向かう

さらに拓ける

 

重きを担ぐは

価値あるモノ

 

中身があればこそ

持つ価値ある重さ

 

重きと置くは

価値を置かず

 

芯の違えば(*4)

重さ違へど

 

迷いなく

選ばれて

 

過重は降ろして

重荷とせず担ぐ

 

二律背反

二者択一

 

重荷とせず

抱き抱えて

 

全て持つは

必要荷重と

 

不要過重は

全て捨てる

 

旅立ちは(*5)

必要にて

 

持ち持たず

幸き往かず

 

SIRIUS

“KAITE”

 

 

 

 

ー補足注釈-(必要に応じてご活用頂ければ🙏)-ー

 

(*1)

遠き日は、過去とも、未来とも

遠き日の約束が、今を生んでは

ボクらの今が、生き生きと在る

約束を果たさんとして、旅立つ

 

(*2)

決意が覚悟へと変わる時

ボクらの行動が変化する

あらゆる全てを覚悟して

全ての行動が決意を増す

そこには、暗きをも光に

変容させる覚悟も要する

 

(*3)

今は大きなことに思えても、先には小さなことになり、また、今は小さなことに思えても、先には大きなことに思える。そういった、あらゆる意識やモノが折り重なっていることを知った上で、全ての想いも全ての現象も捉えていく。そこに、過去現在未来が、揺らぎを持って、一つになっていくのを、観じれば、常に、その先に次々と繋がっていくものがある。その道程が、この後の言葉に記されている。

 

(*4)

“芯の違えば”とは、一つは“重心“の違い。翻って同じモノや想いであっても、どのようにそれを掴むか、どの場所を掴むかで、観じる重さや、持ちやすさはまったく異なる。もう一つは、”何を重視するか“という意味での“芯”。己がそれを重視するならば、それは重くなり、己がそれを軽視するならば、それは軽くなる。これは、その対象への扱い方の姿勢に関しての軽重であって、そのモノの重さが実際に重くなったり軽くなったりするわけではない。また、何を“芯”に持つか、持つべきかは、人によって異なる。己にとって“必要な”重いモノは、やはり持たねばならぬということもある。ただし、持ち方を工夫すれば、より“楽に”持てるということもある。同時に、やはり捨てるべき”重さ“というものもあり、捨てるべき”軽さ“というものもある。そのあたりは、この後の言葉にも記されている。

 

(*5)

ここでいう、旅立ちとは、己自身のことでもあり、己が抱える様々なモノのことでもある。全てを、あるべき場所に、旅立たせるということでもある。如何なる、視野・視点においても、それが、全ての重荷を最も軽くして、また、それが、全ての幸せを、全て必要な場所にもたらすということを伝えている。また、そのように、全てを旅立たせるようにと、告げている。持つべきも、持たざるべきも、重荷も、幸せも、全て、そのようにすれば、決して幸せは逃げてはいかない。

 

 

 

ー-解説-(Siriusと星系意識・霊的意識)-ー

 

Sirius(シリウス)は、太陽を除けば、地球上から見える、最も明るい恒星である。とは言え、その星の光度(その光源の光の強さ)と、地球からの距離によって、地球から見える星の明るさが決まるので、Siriusが必ずしも最も大きい天体であるわけではなく、また、地球に最も近い天体であるわけではない。実際のところはと言うと、Siriusはかなり地球に近い恒星の部類である(その距離8.6光年。同じ冬の大三角形を為す、オリオン座のペテルギウスは548光年も離れている)ようだ。より遠くにあっても、より光が強ければ、より大きく、より身近に見えるし、より光が弱くても、より近くにあれば、より大きく、より身近に見えるモノである。とりわけ光が強くても、その光が、とりわけ遠くにあれば、その光を見出すことは難しくなる。遠くの目指すべきモノ、近くの目指すべきモノ、より光の大きなモノ、より光の小さなモノ、それは、見かけ上は、判別しにくいモノでもある。それらを、僕らの何らかの目的・目標・ゴールと置き換えた時に、そこへの到達難易度と、その結果の大きさには、見かけ上、事実上の違いが、生じ得る。しかし、僕らの意識下には、それらがどんなに遠かろうとも、強く影響を及ぼし、重力が働き、魅力を感じて、引き寄せられてやまないのである。それは、僕ら自身が引き寄せようとしているのみならず、向こう側からも引き寄せられるからこそ、それらの意識が貫通して、相互作用を及ぼして、何らかの現象として具現化していき、それが徐々に、本来の到達点へと導かれていく。それは、時空をも遥かに超えて働くモノである。その星を、その光を、その意識を、霊的なモノと観るならば、その関係性の遠近は、物質的な距離や時間のみによって測られるモノではない。それらは、空間と時間に縛られない、高次元的霊的なな意識場における、接点であり、関係性であり、因果縁起として、形成される。霊的感性に意識を向けた時、時空を超えた何かを観じては、それが言葉であれ、言葉を超えたモノであれ、どんな魂的・霊的、感覚・意識であれ、今この瞬間に、時空を超えて、今為すべきことをなす。動かされるべき星(や意識)、向かうべき星(や意識)を変えていくということも、全ての必然と全ての必要と全ての真なる希望に応じて、変わっていくモノである。とはいえ、己という光は、常に、ただ一つである。ただ一つにして、全てであり、全てと共にある、一つである。及ぼすべき影響を及ぼしては、受けるべき影響を受ける。そうして、あらゆるものが、より最適化されて、より理想的な状態へと、過去現在未来の全ての星々の意識と共に、天体としての星と、僕らの霊的魂的な星と共にあらんとすれば、全ては幸わい給わんとせざることなき🙏

 

 

 

 

 

 

 

 

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今回も、最後までお読みくださり

誠にありがとうございます‼️

 

 

 

 

ピンと来た時に💡

ふと呼ばれる時に🪽

 

 

 

 

 

初めましての方も、よかったら

是非また遊びにいらして下さい⭕️

 

 

 

 

 

では、また次に、その機に

その必要によって、お会いする時まで👋

 

 

 

 

 

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