「藍玉(らんだま)」伝説
人魚の宝物を愛した
エカテリーナ女帝の孤独
海を連想させるアクアマリンは、当然のように海の精や人魚伝説と結びつき、一般的には、海の精の宝物が浜辺に打ち上げられて石になったという話が有名です。また船乗りに恋をした人魚が流した涙が宝石となって浜辺に打ち上げられ、それを拾った船乗りがお守りにしたという話もあります。
ロシアのウラル地方は多くの宝石類が産出する鉱脈として知られていますが、中でもエカテリンブルク(現スペルドロフスク)は、その名の通り、エカテリーナ二世が数千人の鉱夫を雇って採掘させた鉱山として知られています。このエカテリンブルクでは、豊富なアメシストやトパーズに混じって多くのアクアマリンが歳出されています。エカテリーナ二世は、世界の皇帝の中でも無類の宝石愛好家。豪華絢爛を極めるロシアの宝物館に収められている、目映いばかりの大宝石コレクションがそれを物語っています。しかし、意外にも彼女が一番愛したのはアメシストとアクアマリンでした。
ロシアの歴史の中でも「大帝」としてその名を残す女帝エカテリーナは、実はロシア人の血が一滴も入っていないロシア皇帝なのです。1729年5月2日にドイツの一小国の公女として誕生。生まれた時の名前はゾフィーア・シャルロッテ・アウグスタ。16歳で時のロシア女帝エリザヴェータの甥ピョートル三世と結婚します(ピョートル三世の父はドイツ人で母がエリザヴェータ女帝の姉)青年時代をドイツで過ごした彼は、異常なほどプロイセンのフリードリヒ二世の崇拝者であったために、国益に反するとして皇帝になってわずか半年後にクーデター軍によって殺害されてしまいました。夫の後を継いで皇帝になったエカテリーナは、領土を拡大し、工業化の発展に尽くします。農奴制が拡大する中で、貴族の文化が開花。
冬宮(現エルミタージュ美術館)やエカテリーナ宮殿で繰り広げられる華やかな宮廷生活は、そのまま宝飾文化の充実と開花を意味しました。ウラルで産出されるのは宝石ばかりでなく、鉄は世界一の産出量を誇り、全ヨーロッパに輸出され、豊かな財源になっていたのです。
10人とも20人ともいわれる愛人をはべらせ、華やかな恋愛遍歴を続けたエカテリーナでしたが、「政治」と「恋愛」ははっきりと区別していたと言われ、そのために打算的・身勝手のイメージがつきます。
アメシストは人生の悪酔いを防止してくれる石、アクアマリンも人生の航海を守る石。彼女の愛した宝石の輝きから、権力の頂点で栄耀栄華をおもいのままに生きたかに見え、実は本心から人を信じ切れずに宝石にすがった気丈な女の一面が見えてくるようです。
ちよっと贅沢、ちよっとオシャレな宝飾文化のメッセンジャーをめざして・・・