愛のヴィクトリアンジェット | ジュエリーブティックセントラル

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           モチーフとデザイン
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 モチーフやデザインを年代別にみてみると、初期には当時流行した「結び紐」や「蛇」
「葡萄」「珊瑚の小枝」が好まれ、中期には、センチメンタルな意味合いの強い「花」が主流となった。
 
 「花」は哀悼と愛情のどちらの意味もあり、代表的なものは、愛情=「薔薇」、幸福が戻ってくる=「スズラン」、真実の愛=「勿忘草」などである。
 
 また、「シャムロック(シロツメグサ)」と「蹄鉄」は幸運のシンボル、「握り合う手」は友情を、「ラブバード(つがいの小鳥)」「ハート」「蝶結びのリボン」「花束」は、すべて愛情の印として用いられた。
 
 そして、「憂鬱」を表すモチーフとしては、悲しみの印である「イチイ」、永遠の眠りを表す「昼顔」が一般的だったが、なかでも「花束を持つ手」は哀悼の意を表し、特に好まれた。
 
 その他、希望と愛と信仰を表す「イカリ」「ハート」「十字架」も人気があり、これらのモチーフはジェットに限らず、様々な素材の装身具に用いられたのである。
 
 この他、イニシャルや組み合わせ文字を雷文細工で刻んだデザインがある。
「IMO(in the memory of)」「IHS(the name of Jesus)」「AEI(amiti, eternity, infinity)」が代表的だが、他に名前などの個人的なものもある。なかでももっともポピュラーだったのが、旧約聖書からの引用で「私たちが離ればなれになっていても神様がいつも見守っていてくれる」を意味する「MIZPAH」で、恋人たちにも好んで身につけられた。
 
 ジェットが全盛期を迎えた1860年代には、カメオやモザイク、ポーセレンのフレームとしてもジェットが用いられるようになり、ひと味異なったジュエリーが誕生した。
これらはジェットが流行した時期に、カメオやモザイクを身につけたいと言う人々の要望にこたえて生まれたものと考えられ、装身具として実に魅力的な組み合わせとなっている。
 
 その後、1887年に「喪服の緩和令」が発令されると小ぶりの「バーブローチ」が一般的になり、「mother」や「baby」などと彫られたネームブローチが中心となったが、19世紀末には鉱山もほとんど閉鎖されて、ジェットの装身具は姿を消してしまうのである。
 
 半喪時期に使われた装身具としては、ジェットの他に、べっ甲や「ピクゥエ(鼈甲に金や銀で象嵌細工を施したもの)」、黒のオニキスのロケットやクロス(オニキスの中央には半球状の真珠が星型や十字架にセットされている)、そして白いユリを象嵌した「フローレンスモザイク」があげられる。この時期には洋服も、ブルーやラベンダーの中間色の色合いが許されて様だ。
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