『ママって、吉井さんのLIVEレポート、絶対悪いこと書かないよねー』
とは、息子の言葉。
だって悪いところなんてないんだもん。
万一あっても、それさえ愛おしい。
が
今回は若干…いや、かなりの悪態をつきます。
何卒、平にお許しを。
これだけ吉井さんの作品をネチネチ聴きこんでいる私でも、吉井さんの曲をもし全く知らない状態で初聴きするならば、イントロだけで判別する自信はない。
それくらい毎回違う。
全部が違う。
これが、吉井和哉の楽曲の魅力の一つ。
で、私が最近気になっている
『THE YELLOW MONKEYらしい』
って、言葉。
『砂の塔』を讃め称える時に使用される言葉として、様々な媒体でよく見かけるのですが。
えーと、どこがだろ?
長年THE YELLOW MONKEY聴いてるけど、わからんのよね。ホントに。
うねるベースの美しさや、華やかなギターは、吉井和哉のソロにもある。
正確に刻まれたドラミング?じゃあ打ち込みでもいいじゃん。
あでやかさ?
つややかさ?
そんな空気みたいな言葉じゃなくてはっきり説明してくれよ。
おばちゃんにもわかるようにさ。
だいたい
『THE YELLOW MONKEYらしい』
は、褒め言葉なのか?
解散後、それぞれ個々に精進してきたであろう50がらみのいい大人が、昔のまんまの音しか出せてない。
とも取れる。
私が、決してアンチTHE YELLOW MONKEYでないのは、このブログを読んでくださっている数少ない方々ならば、イヤと言うほどご存知かと思います。
むしろネバついた、生乾きで剥がしきれない愛情を以て、1月8日から代々木の初日を経て、約一年見つめてきた再集結。
様々なところから、無理矢理にでもカケラを集めて私なりに納得できる必然を構築。
ところが
先日のテレビ出演で、大事な再集結の経緯さえ、なんだかあやふやな印象を与える発言を見てしまい、私の努力は砂の塔のように(おっ上手いね!)脆くも瓦解してしまったのです。
細部に神が宿るような、緻密で偏執的な音楽をずっと聴かされ続け、耳がムダに肥えてしまった私。
『砂の塔』は『そうか!これがやりたかったからソロじゃなく、再集結を選んだのね』
と、納得できる新曲では絶対にない。
さて
THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 Subjective Late Show@金沢 本多の森ホール Nov. 30
1. Subjective Late Show
2. ALRIGHT
3. ROCK STAR
4. I Love You Baby
5. VERMILION HANDS
6. 聖なる海とサンシャイン
7. FOUR SEASONS
8. SHOCK HEARTS
9. 審美眼ブギ
10.Foxy Blue Love
11. SLEEPLESS IMAGINATION
12. パンチドランカー
13. 赤裸々GO!GO!GO!
14. 太陽が燃えている
15. SUCK OF LIFE
16. FATHER
17. 砂の塔
18. JAM
19. バラ色の日々
20. 悲しきASIAN BOY
本ツアーのエピローグ?
メカラウロコへのプロローグ?
どう言うスタンスで行われているツアーなのか、見ているうちにわからなくなったLIVE。
だからなのか、残念ながら私には彼らからの愛情が、全く感じられないまま終わってしまいました。
このご時世、みんな行きたい所のLIVEに行くし、その地方のファンだけがその会場にいるわけじゃないはず。
実際私も、彼らに会うために、東京へも、さいたまへも、福島だって。
何処へでも馳せ参じました。
それでも、地方のファンに本ツアーを見せるため、を謳うのならば、きちんと本ツアーを踏襲するべきだし、そうでないならセットリストをもっと熟考するべきだと思う。
絡みもメンバー紹介もない『SUCK OF LIFE』に、特効のない『悲しきAISIAN BOY』には酷く中途半端な印象しかなく
待ち焦がれていたはずの『SHOCK HEARTS』のおざなり感。分水嶺の名曲が、なぜこのタイミングなのかな。
そして、密かにLIVE化けを期待していた『砂の塔』は、相当頑固でいじり様のない曲だと判明。
あれだけこだわってたストリングスがなくても、一切動じないのが逆にスゴイ曲。
代々木の初日にどの曲にもアレンジが加えられていなかった事への理解は及んだ私でしたが、今回のツアーも目新しいアレンジはなく、そのままの演奏だった事にがっかりしたのは、きっと私がこのツアー『Subjective Late Show』の意図を汲みきれなかった事が原因なのでしょう。
