うつだった日々
夕食の後、ふとした流れで、ずっと心に引っかかっていたことを息子に打ち明けた。
「あのね、ママは『うつ』なんだよ」
できるだけ大げさにならないよう、日常の会話のトーンでさらりと言ってみたつもりだった。
けれど、目の前でテレビを見ていた息子の動きがピタッと止まった。「え?どこのママ?……うちのママ?……え?」
きょとんとした顔で、私の顔と周りの空気を交互に見つめている。完全に言葉の意味をのみ込めていない様子だった。
無理もないな、と思う。
息子がまだ幼かった頃の私は、本当にひどい状態だった。ベッドから起き上がることすらできず、ただ天井を見つめることしかできない、そんな暗闇の底にいた時期が確かにあった。けれど、今の私はその一番苦しかった状態をもう「卒業」している。
今の息子が覚えているのは、朝起きて、弁当を作って、洗濯をして、普通に元気に動いている私の姿だけだ。彼にとって「ママ」とは、この目の前で笑っている活動的な私であり、教科書やニュースで見るような「うつ病」という言葉と、自分の母親とが結びつかないのだろうな。
あの本当に暗かった日々、私の「うつ」をすぐそばで、その肌で知っているのは長女だけだ。当時はまだ小さかった息子に気が回らないほど、私は心も体もボロボロだった。あの頃、長女には本当にたくさんの迷惑と苦労をかけてしまった。
母親らしいこともしてあげられず、私の暗い感情をぶつけてしまったり、幼い彼女にどれだけ重い荷物を背負わせてしまっただろう。長女の幼少期を犠牲にしてしまったという罪悪感は、今でも胸の奥にある。
息子が何も知らずに「え?」と戸惑えるのは、ある意味、我が家が平穏を取り戻した証拠であり、とても幸せなことなのだと思う。でも同時に、その平穏の土台には、長女が一人で耐えてくれた時間があったことを、私は絶対に忘れてはいけない。
「そう、うちのママだよ。でもね、今はもう元気だから大丈夫」
そう言って笑うと、息子は「ふーん、びっくりした」と、また何事もなかったかのようにテレビに目を戻した。
いつか長女と二人で、ゆっくり美味しいものでも食べに行こう。あの時の感謝と、ごめんねの気持ちを、もう一度ちゃんと伝えるために。