酸ヶ湯温泉録/自然編 | 春昼閑話

酸ヶ湯温泉録/自然編

館内探訪の熱もさめて、気持ちは外界に向けられた。
外出用のシャカパンに履き替え、長靴を履き、いざ銀世界へ!

あしあと  あしあと
この道なき道には、先人がいらっしゃった。
足跡が遠くまで続いている。

鳥居  鳥居
入山口にある鳥居が足下に。
なんだか見下ろす角度がバチアタリな気分になりながら一礼した。
ここを過ぎてどんどん雪を被った山へのぼっていく。

山上より  山上より
遠くに見えるロッジははるか対岸のものだ。
ところで私は高所恐怖症。
振り向くとかなり高い所まで来ていたのでびっくり。
慣れるまで足とおしりが恐怖でガクガクしていたが、
自然の美しさに心を奪われたのか、ふかふか雪の安心感か、
暫くすると心が落ち着いてきてシャッターをおろした。

写真には無いが、野ウサギだろうか、あちらこちらに
かわいらしい動物の足跡がてんてんと見られる。
人が通った足跡とクロスオーバーし、
のびのびと自由に雪山を走る姿を想像して楽しい気分になった。
体重がかかり、違う場所へは足を踏み込めないため
誰かが残してくれた足跡をなぞるように山をのぼると
清浄な空気といちめんの雪、それが白樺の幹の色とマッチして
まさしく「絶景」がひろがる。
ここに来て本当に良かったと心から思える時間であった。
途中、三脚を背負ったカメラマンとすれ違う。
「こんにちは」とごく自然に挨拶をする。

白樺  白樺
ふかふかの雪の上、大の字に寝転んでみた。
これがとても気持ちがいい。
深呼吸しながら、しばらくぼーっとその姿勢で寛いでいた。
見上げると白樺がニュっと空へと体を伸ばしている。

昨日読んだ小説の一節が脳裏をよぎる


 ・・・私の心はさっき霧の中から私を訴えるような

 眼つきで見上げた野薔薇のことで一杯になっていた。

 私はそれらの小さな花を私の詩のために

 さんざん使っておきながら、今日までその本物を

 ろくすっぽ見もしなかったけれど、今度こそ、

 私もそれらの花に対して私のありったけの

 誠実を示すことの出来る機会の来つつあることを

 心から望んでいた。・・・     

                  『美しい村』より 堀辰雄 新潮社


花鳥風月、それらをことばにするとき

たいていは室内のパソコン上となっている私には

山に登る前夜には、耳に痛い一節であったが、

今ここでこそ、この作者の喜びと私の感動が繋がったと思った。

10代の頃読んだきり、本棚の奥にあったこの小説は

高地へ療養といったキーワードのみで

持ち出した一冊であったが、まさかこの短い一節が

今回の旅行で心に残った内容になるとは思わなかった。


光と清浄な大気の只中で、自然の神秘とともに

はじめて人間であることや、生きることの本質などを

本当に漠然とだが、感じとれることが出来たように感じる。

この「ひっかかり」(私なりの表現だが)を大切に持ち帰りたいと思った。

オノレ・ド・バルザック, 沢崎 浩平
セラフィタ

(続く)

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