焦らず、諦めず *くも膜下出血・高次脳機能障害の夫との記録* -23ページ目

焦らず、諦めず *くも膜下出血・高次脳機能障害の夫との記録*

夫がくも膜下出血で倒れました。
まだ40代。私は30代。
子どもは高校受験、中学進学間近。
グレード5でしたが、意識レベル300でしたが、
生きてます。
高次脳機能障害、右同名半盲という大きな障害が残りました。
焦らず、けれど諦めず。
ゆっくりと、少しずつ。

この3日間、久々に38.6度まで熱が出て、寝込んでました。
幸いただの風邪(を年末年始の仕事でこじらせただけ)だったので、熱は2晩で下がり、今はピンピンしています。
さすが私の体。
丈夫さだけは誰にも負けねえ。

ただね、この3日間、
私は自宅に放置されたんですよ。
5日土曜日が娘の第一弾の入試で、3日木曜の夜に発熱したため、娘の入試だけは邪魔できないと思い、娘を夫の実家に避難させました。
すると、夫も息子と一緒に避難しました。
なぜか洗濯機のスイッチを押して、そのまま避難。
布団も敷けない(そもそも動けない)ので、こたつに潜り込んで、ガタガタ震えながら一晩過ごしました。
4日の朝、薬を取りに夫が帰宅しました。
私は起きていたんですけど、そんなことは気にせず、薬だけ取って退散。
(ちなみにこの時姑は夫に総合感冒薬を持たせていたそうです。もちろんそんなものはもらっていません)

お昼過ぎに息子と夫が帰宅。
息子は私に何故かコップ一杯の水を渡し、
「病院に行った方がいいよ?」と。
そりゃいけるなら行きたいが、私動けないんですけど。
夫は一言も発さず、そのまままた実家へ。
私の手元にはコップ一杯の水のみ。

とにかくだるくてそのままこたつに入って寝てたんですが、夕方何故か夫だけ帰宅。
「何?」と聞くと「いや、夕飯何かなと思って」と夫。
「…は?あんた本気で言ってんの?まだ私8度あるんですけど、作れと?」と言うと、何も言わずに実家へ行きました。
夜中の3時過ぎに熱が上がり切ったみたいで、動けるようになったので、やっと布団を敷き、横になれました。
お風呂にも入ってさっぱりできた。
少しうとうとしていると、朝方、夫のみ帰宅。
そのまま通所リハのお迎えが来て、リハビリに向かいました。
お昼過ぎに帰宅して、荷物を置くと、いつもの場所に座る夫。
「おかえり」と声をかけると、ものすごく驚いて「え!?いたの!?」と。
「はい、体調が悪いので寝てますが、何か用ですか」と聞くと、「え!体調悪いの?病院は?行った方がいいよ」と。
「もう必要ありません」と答えると、何も言わずに実家へ。


そして、今日6日の夕方になるまで音沙汰なし。

あー、私、もうこれから先の人生、一人でいいや。
夫の手続き等は私がしているし、夫には何のことだか分かっていないので、夫の人生に私は必要なんだと思いますけど、
私の人生に、この人いらないかも。
なんかね、芯から嫌いになりました。
夫のこと。
元から私が病気すると、看病なんてしてくれた試しないんです。
突発性難聴発症した時も、急性副鼻腔炎で顔面痛でのたうち回った時も、
「よし、子どものことはきにするな!」って自分の実家に連れて行き、私は自宅に放置。
回転性のめまいで動けないのに、病院にも連れて行ってもらえず(なので、難聴が残りました)、
顔面痛も自分で病院まで運転していったなぁ。
だからこれは障害のせいじゃない。
夫が元々持ってる気質の問題だ。
そういえば、子どもが病気した時だってそうだ。
口では心配するけど、看病してくれたことなんて一度もないね。
そっかー。
私はハズレくじ、貧乏くじを引いてしまったのか。