うちの近くのコンビニを、僕は密かに「佐藤君のコンビニ」と呼んでいます。
そこには佐藤(仮名)という名札を付けた20歳くらいのアルバイトのお兄さんがいるからなのですが、なぜ、こんな命名をしたのでしょう。
今回は、動画に頼らず、文章だけで、普通のコンビニが「佐藤君のコンビニ」となっていったいきさつを、お話ししたいと思います。
佐藤君は、あまり背は高くありませんが、その背筋を真っ直ぐにさせた姿勢や、ダボダボでもパツパツでもないキチンとしたジーンズ姿の様子から、ある種の潔癖さを持っているかもしれないと、かねてより僕は感じておりました。
そもそもこのコンビニに「佐藤君」ありきと初めて認識させられる事となったのは、ある日、僕が佐藤君の待つレジに、そうとも知らず、雑多な書類を持ち込み、これを送りたいんだけど、メール便だかなんだか、そんなのありませんか?等と、いつものいい加減な調子で尋ねてしまった事からだったのです。
僕はこの種のレターパック、ゆうメール等というのが、よく分かっていません。
大抵は、お店の方が親切に教えて下さるので、すっかりそれに頼ってしまって、いつまでも固有名詞を覚えずにいたのですよ。
この日も大学生っぽいお兄さんがレジなので、いつものように丸投げ気分で書類を出し、いつものように何となくレジの人の出してくれた何とかメールってので送ればいいやと思っていたのです。
ところが佐藤君は、そんな筈はないのですが、何しろ彼は僕より背が低いのに、書類を出す僕を見下ろして、突き放すように黙っています。普通は、このタイミングでお店の人から、色々と言ってくれる筈なんだけど、おかしいな。なぜ黙っているんだろう?レジの後ろだか下にしまってある筈の「何とかメール便」の存在を知らないほど馬鹿なのか?いや、その可能性は限りなく低い。この沈黙は、明らかに僕がレターパックという単語を人任せにして覚えようともしない、これまでの横柄な考えを糾弾しているのだ。
彼は心の声で、こう言っているのでしょう。
さあ、人に頼らないで、自分で言ってみなさい!
予想外の展開に、ヘナヘナと腰が砕けてしまった僕は、狼狽のあまり、ますます背が低くなり、
ほらダンボールみたいな厚紙みたいので、この位の大きさの袋って言うの?何か、そんな感じの入れるヤツってありませんか?いつもやっているんだけどなあ等と言って、佐藤君の助けを引き出そうとしますが、彼は僕の口から「どうが私にレターパックを売って下さい!」という言葉が出てこない限りは、さあ・・って感じなのです。
この後、ますますヘドモドして、どんどん背が低くなるオジサンを見兼ねた佐藤君が、どのタイミングで、いつもの見覚えのあるレターパックを出してくれたかは、ダメージを受けた脳が停止してしまったため全く記憶にありませんが、店を出て、しばらくして脳が再起動を始めると、バイトだかなんだか知らないけど、ああいうのはお店の人の方から、我々はこのような商品とサービスを提供出来ますと言うもんだ!と猛然と憤怒の煙がモクモクと湧き上がって来たのでした。
今頃、心の中で抗議してもねえ。
いつまで経ってもメール便の名前を覚えない後ろめたさが、心の中で「佐藤君」の姿を借りて怪物化しただけなんじゃないの?
それ以降は、佐藤君が恐くて、このコンビニに入ると、真っ先にレジの人物チェックをする癖が付いてしまったのですが、そんなある日の事です。
コンビニに入ると、レジに佐藤君がいます。あっ佐藤君だ!と軽くビビりましたが、次の瞬間、ユニークな光景を目撃しましたよ。
お客さんがレジに向かう途中で商品に膝が当たって、商品が少しズレてしまいました。その方は、すぐに直してから佐藤君の前に立ったのですが、佐藤君は精算するより前に、レジにそのお客さんを待たせたまま、ズレた商品を走って直してからレジに走って戻り精算をしたのです!お客さんは一応、ご自分で直していたので素人目には、何も問題がなさそうなのですが、佐藤君的には完璧に直したとは言えなかったのですかねえ。
佐藤君、職務を一生懸命にこなしているのです。
その後、僕もレジ待ちの列に並びましたが、前方、右のレジなら見知らぬ人だが、左になれば佐藤君だと、予防接種の順番待ちの小学生の頃のようにドキドキしましたよ。
この時は幸い佐藤君ではない方のレジでしたのでほっとしましたが、なぜか一抹の寂しさも残りました。
これは、どういう事なのか?
もう一度、佐藤君のレジで買い物がしてみたい!!
一度恐怖を通り抜けてしまうと、また、あの恐怖を味わいたいと、ジェットコースターに何度も並んでしまうような心境なのでしょうか?
その後、巡り合わせが巡って来て、再び佐藤君のレジで買い物が出来る日がやってきました。
順番が来て佐藤君の前に立つと、偽造旅券で入国検査でも受けるかのような気分になります。客なのにヘラヘラと媚びを売りそうになるのを押し殺し、彼の厳しい価値観からはみ出さないよう気を付けて、無事、牛乳を買う事が出来ました。
ああ、ただ牛乳を買うだけで、このスリル!
こんな秘密のスリルを味わえるなんて、もう普通のコンビニとは言えません。
ある種の僕だけの秘密のレジャーランドです。
今度は振込みとか、もう少し複雑な事も試してみようかな。