チェロ男です。

 

ブログを読んで頂きありがとうございます。

いいね、コメントくださるかた、心より、ありがとうございます。

 

このブログでは、自分の心から「やりたいこと」をやることで

人生が豊かになる、というメッセージを発信したいと思います。

 

日頃のチェロ日記も書いています。

 

言葉がなくなっている

 

最近、動画を見る機会が増えたと思う。

 

しかも、ショートムービーという短いものだ。

息子も毎日、喜んでTik tokという短い動画を見ている。

 

かくいう私も、

本を読むよりもYouTubeを見ることが増えてきた。

 

しかも、30分以上の動画は、見るのが面倒だと思ってしまう。

ブログだって、長い本格的なものよりも、アメブロやツイッターのような

ちょっとした日記のような媒体を気づいたら読んでいる。

 

人類のIQが、ネットの普及を境に下がり始めているのも頷ける。

 

考えるのが面倒になっているんだ。

文字を使わず、短い動画ばかりを見て、思考を放棄し始めた。

 

なぜなら、人は「言葉」を通してでしか思考しえないから。

 

言葉があるからころ思考することができる。

 

それが他の動物との決定的な違いだと思う。

 

確かに、「コミュニケーション」を取れる動物は発見されているかもしれなけれど、

抽象的な事象について、言葉を使って思考できるのは、人間だけだと思う。

 

その「言葉」が、ないがしろにされている気がする。

 

LINEメッセージのような、コミュニケーションのためだけの言葉になりつつあると思う。

 

だから思考ができなくなり、

思考を放棄する。

自分もそうだと反省。

 

投票率が低いのも、選挙に興味がないのではなく、

考えるのが面倒なんじゃないかなぁ。

イデオロギーなんてものは、もう存在しないのかもしれない。

 

だから、ちょっと読書の時間も増やそうと思う。

オカルト系の本じゃなく、

ちょっと哲学っぽい本にも手を出したい。

 

いい本あったら教えて下さい。

 

音楽の音について

さて、人は言葉を通して論理的に考えるのだろうけど、

私のような音楽好きの音楽初心者にとって、

「音楽」を言葉によって論理的に説明することは、私にはできません。

 

ショパンコンクールの優勝者と2位の人の技術的な違い

表現的な違いなど、1ミクロンもわかりません。

 

けど、彼らが奏でる音楽には、感動したり

もの悲しさ

喜びや哀愁を感じるのは

間違いない。

 

言葉を超えた表現が、音楽の魅力で、

私のような初心者にとって、論理は存在しない気がします。

 

だからこそ、音楽に惹かれるのでしょう。

 

もちろん、言葉を通した感動は文学にもある

 

芸術は、それがいいところだと勝手に思っています。

 

しかし、日常において、非論理的に受け身で流されるのはいかがなものか。

 

繰り返しになりますが、

言葉がなくなりつつ今、

 

人は、考えることを放棄して、言葉のない非論理的なものに流される

 

これが、ヤバい気がする。

 

それは、テレビかもしれないし、ネットかもしれない。

 

テレビで流れる情報が正しいのか

ネットで流れる情報が正しいのか

どっちも正しいのか

両方間違いなのか

 

私にはわかりませんが、無意識に流される時代にいるのは、

なんとなく危機感を感じます。

 

 

音楽の感動には無批判に流されても、

 

情報の音には流されないで生きていきたいものです。

 

 

 

さらに詳しいことはブログで書いています。

 

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※量子力学をかじったオカルトおじさんの日記です。間違っているところがあったらごめんなさい。

 

最近凝っている「量子力学」

 

オカルト好きを恥ずかしげもなくカミングアウトした私でありますが、

年を取るにつれ、オカルト嗜好も変わってくるものです。

 

さすがに、40歳になって「心霊写真が〜」「UFOが〜」

とは公言しづらくなってきた。

 

そんな悩めるオカルト中高年を救ってくれる魔法のコトバ。

 

それが「科学」である。

 

どんな怪しいことでも、

 

「科学的に証明されているのだよ」」

 

ということで、怪しいUFOおじさんから、「ちょっとした知識人」へと

夢のイメチェンをしてくれる。

 

その「科学」と「オカルト」の夢の融合・・それを可能にしてくれたのが今回紹介する

 

「量子力学」なのだ。

 

聞くところによると、アインシュタインのような、超一流の科学者は、

最終的に「神」とか、「愛」とかの領域に至るらしい。

 

興味津々の私は、量子力学についての本を10冊近く読みまくり、

完璧に洗脳された。

 

ちなみに、私チェロ男は、完璧な文系で、

高校時代は数学のテストを白紙で提出していたような人間だ。

 

それでも、なんとなく言っていることはわかる。

エンジンの仕組みがわからなくても、車の運転ができるようなものだ。

 

方程式を知る必要はないけど、

わかりやすく説明してくれる人が増えてきて、

ネット時代バンザイ!といったところである。

 

量子力学とはなにか

量子力学とは、簡単にいうと「ミクロの世界」の学問。というか、ミクロすぎて、目に見えない世界

 

ざっくり、私の理解から説明すると

 

私達の体があります。

体を細かく見ると→筋肉や贅肉→細胞・・ここまでは、イメージできますね。

 

さらに細胞を細かく見ていくと、

 

細胞→分子→原子

 

だんだん理科が苦手だった私のような人間は眠くなってきます。

 

さらに・・原子→原子核→陽子・中性子・・ここまでが物質です。

 

さらに・・この先が目に見えない世界らしいのですが・・

 

その先が、「素粒子」という「粒」らしいんです。その先に「ひも」があるらしいのですが・・

 

とりあえず、人間を細かく見ていくと、最終的には、「素粒子」というツブに行き着くらしい。

 

私達の身体は、ツブらしいですよ。

 

そのツブの周りは、宇宙空間のように「真空」、まさに仏教のいう「空(くう)」

 

そこをゼロポイントフィールドとか、サムシング・グレートとか呼ぶそうで、

まさに神の領域なのだとか。

だとすれば、私達の身体のなかに、神があるのか・・

 

その中で、素粒子というツブが高速で振動しているのだとか・・

 

自転車の車輪が止まっているとスカスカだけど、

回ると隙間がなくなるように見えるように

 

この素粒子というツブも、高速で振動しているから、物質になっているそうです・・

 

信じるか、信じないかは、あなた次第・・

 

けど、日本では東大とかの大学で真剣に研究されている学問らしいので、

多分ガチなのでしょう。

 

さらに驚くべきは、

人間の体に限らず、

このブログを見ているスマホも

机も

犬も

 

みんな素粒子というツブでできているそうです。

 

みんな、仲間ですね!

 

こう考えると、人間の身体って、宇宙空間みたいだな、なんてロマンチックなワタシ

 

 

だって、宇宙空間がサムシング・グレートだったら、星は素粒子みたいなもの。

 

なんか、面白い。

 

調べたら、Newsweekの記事に、脳神経と宇宙をシュミレートした画像が↓

 

 

似過ぎでませんか?

 

私達は、宇宙なんですかね?

 

どうです?いよいよヤバいブログになってきましたね?

 

量子力学を、現実社会にいかす

大事なのは、こういう知識を、現実社会に活かすことだと思うんです。

 

だって、素粒子は目に見えないものだから、思考だって、感情だって、言葉だって、音だって、素粒子ですよね?

 

日本の言霊っていうのも、あるいみ的を射ているのではないでしょうか。

言葉にも力がある、的な。

 

一応、思い出せば、このブログはチェロブログですので、

 

チェロの音も素粒子。

 

オカルト的視点でもチェロを考察していきたいと思います。

 

 

さらに詳しいことはブログで書いています。

 

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今回は偏屈なオヤジのタダのつぶやきです。

運動会の季節

私の住む地域も、マンボーが終わり、例の感染症も減ってきた、ということで

 

延期されていた「運動会」が開催されるらしい。

入場制限、学年ごとに時間差・・いろいろ例年とは異なりますが。

 

私はフリーランスなので、ある程度は時間の融通がきくわけだけれど、

今年は、運動会よりも仕事を優先した。

 

「運動会、行かなくて、いいんですか?」

と言われたりもするけど、

 

「はい、モウマンタイ(問題ありません)」

 

90年代に青春をかけた人だけが反応する

謎の広東語。モウマンタイを口走る。

 

確かに、子供からすれば、親が来たほうが喜ぶのだろう。

しかし、今年に至っては、一学年1時間ちょいで終わって、

リレーも出ないから見せ場もないようで、

「別に来なくていいよ」と、ミュージックステーションのタモリよりもやる気を感じない

 

ちょっとさみしい気もするが、

家族のために仕事をするのが父としての役割かもな、

と、自分を納得させた。

 

そもそも子供の運動会に行きたくない問題

自分勝手な思いを持つなら、

 

「そもそも、子供の運動会に行きたいか?」

 

という疑念が沸き起こる。

子供の頑張っている姿を見たい、というのもあるし、

非日常が思い出になったりのすると思う。

 

けど、偏屈なことを言わせていただくと、

 

校庭に引かれた白線の中を、歯を食いしばって走る姿より

広い公園を笑って自由に走り回る子供の姿を、

オヤジは見たい。

 

休みの日に公園に行って

子供と過ごす「日常」こそ

宝なのだと思う。

 

自由への渇望

日常に自由がなくなって

言いたいことも言いづらくなって

行動も制限されて

 

そんな不自由と

運動会の不自由を重ねてしまうのかもしれない。

 

運動会は、日本的な「祭り」の雰囲気があった。

大人は皆、なぜか上機嫌で。

一昔は酒を飲んでいる大人もいたものだ。

 

近所の子が走れば、

いい大人が声をからして応援したものだ。

 

運動が得意でも苦手でも、

みんな運動会的な祭りを楽しんだ。

 

古き良き昭和と平成だと思う。

 

もう、今は、

だれも「祭り」の場は提供してくれない

 

自分で、日常をお祭りみたいに楽しむしかないんだと思う。

 

待つんじゃなくて、

他人が与えてくれる祭りに期待するんじゃなくて、

 

自分で見つけた小さな日常を最高に楽しむのが

令和なんじゃないかと思う。

 

だから

「楽しくない」って

暗くならないで

自分で毎日を楽しくしていくしかないんだと思う

 

僕にとっては、チェロだったり

子供と行く公園だったり

毎日、豆を挽いてのむコーヒーだったりする。

 

毎日がハッピーこの上ない。

 

 

さらに詳しいことはブログで書いています。

 

わかっちゃいるけど、やめられない。

 

酒、オンナ、タバコ、色々あると思います。

 

が、わたしにとっては、「オカルト」である

そう、オカルトがやめられない。走り出したら止まらない、キアヌ・リーブスの「スピード」だ。

 

思い起こせば、小学生の頃

家族が大晦日に「紅白歌合戦」だの、格闘技だのお笑いだのを見ているとき。

 

チェロ男は絶対に「ビートたけしの超常現象スペシャル」を一人で見ていた。

本屋でも、真っ先に手に取る本は、「宜保愛子の心霊写真集」であった。

 

家族の団らんよりも、オカルトを取る。

広末涼子より、少年ジャンプよりも、「宜保愛子」を取る。

 

そんなストイックな男であった

 

宇宙人にさらわれた話を、身内にだけはこっそり伝えようと

意を決して妹にその旨を告白したときの、彼女の瞳を忘れることはできない。

 

「兄がヤバい」

 

妹の目は、語らずとも、そう訴えかけていた。

 

昭和の時代、平成の時代は、オカルトはエンタメであった。

 

令和に入り、「オカルト」は、「スピリチュアル」と、ちょっとオシャレなネーミングにイメチェンを図った。

と、同時に、

「スピリチュアルというと、なんとなく「ガチっぽい」雰囲気になり、

 

私はスピ系です。と公言しづらくなった嫌いがある。

 

しかし、松坂世代、いや、オカルト世代の私は、オカルトの復活を望みたい。

 

スピ系の話をするのは、避けるべきかもしれない。

しかし、

 

「そんなの関係ねぇ、はい、おっぱっぴー!」である。

 

それにしても、「そんなの関係ねぇ、はい、おっぱっぴー!」は、実によく出来た名言であると思う。

意味もなく、太赤にしたくなる。

 

おっぱっぴー!で、本当にどうでもいい気がしてくる。

 

古き良き時代の、エンタメのオカルト復活を、静かに望む。

 

UFOの話や、ノストラダムスの話や、

心霊現象や魂とかの話を、笑って話せる、そんな時代が来ればいい。

 

松坂が引退し、松坂世代が、また遠くなった。

 

冷静にこのブログを読み返すと、頭のおかしな中年だ。

 

はい、おっぱっぴー!

 

 

チェロ男です。

 

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発表会

 

ピアノでもなんでも、この手の習い事で避けることの出来ないこと。

 

それが「発表会」なのだと思う。

 

まだチェロを手にして4ヶ月足らずのチェロ男にも、ついに「発表会のお誘い」が。

 

2つ返事で申し込んでもいい話ではあるが、ここ1週間、悩みに悩んでしまった。

 

何を隠そう、私は過度の「あがり症」であり、数人の前で話をするだけでも手が震えて変な汗がでる。

 

発表会でも何かやらかすのではないかと、気が気でない。

手が震えるのは想定内。

そもそも、弓を動かせることができるのか。

 

この文章を書いているだけでも、発表会を意識して緊張する。

 

それに、前年度のプログラムを見ても、バッハやベートーベン作曲のチェロなんとか曲、のような、いかにも難しそうな曲が並んでいる。

 

キラキラ星や「むすんでいひらいて」がレパートリーの私が、ステージに立っても良いものか。

 

地味に悩む。

 

殻を破れ

 

一方で、これはチャンスだよ。という声も聞こえる。

脳内で、松岡修造先生が叫ぶ。

 

「これはチャンスだよ!殻を破りなよ!東京オリンピックだって、みんな頑張ったよ!!」

「君は君らしく、やりたいように、やってみなよ!Don't worry! Be happy!!」

 

修造先生・・

 

確かに、周りが弾いている曲が何だというのか。

初心者だからこそ、初心者なりにやってみようかな。

 

そもそも、自分の「あがり症」だって、周りの目を過度に気にして、自意識過剰になっているのが原因ではないか?

 

本当に、チャンスなのかもしれない。

 

周りの目を気にしないで、自分ができることに集中してみようかと思う。

 

何より、ステージから見える景色を、見てみたい気もする。

 

修造先生・・自分、やってみます。

 

熱くなって、来年の冬の終わりは、夏のように熱くさせます!

 

今回はやめておきます。

と言って、拒否することもできる。

 

けど、苦手なことから逃げている自分より

 

怖いし、恥もかくだろうけど、挑戦している自分のほうが好きだったりもする。

 

いっちょやってみるか!

 

 

 

さらに詳しいことはブログで書いています。