夏がすぎ風あざみ

 

思い起こせば、いろいろあった2022夏。

 

家族全員コロナ感染という、一家未曾有の危機に見舞われ。

それでも、健康マニアのチェロ男だけは、なんの症状もなし。

 

しかし、家族全員コロナで苦しむなか、

チェロ男は精神を侵されていた。

 

「何もやる気がしない」

 

コロのせいにする訳でもないけれど、自粛期間に入り、急激にいろいろな物に対してやる気を失った。

 

恐らく、感染していたのだと思う。

 

あれだけやる気満々だったチェロも、やる気をなくす。

 

発表会も、緊張症を克服しようと頑張り。

 

基礎練も毎日頑張り。

 

ふと、趣味なのに、頑張ってばかりで、

 

you、もう少し楽しみなよ。リラックスしなよ。

 

の声が聞こえた。

 

悪魔の声なのか、天の声なのか

 

その声がして、自分を正当化する考えしか浮かばない。

 

頑張ってばかりで、楽しいのか?

 

何かがぷっつんと切れた

 

ここでやめてしまっては、今までの歩みも無駄になり、

これからの伸びもストップするのはわかる。

 

けど、

 

とにかくやる気がない。

とにかく、楽しくない。

 

思い立って止まらなくなり、

 

「しばらくお休みします」と先生に連絡しようと思った・・

 

すると、福山雅治さんの名曲、「恋人」の一説が脳裏をかすめた。

 

「さよならを〜言葉にせず〜恋の終わり〜終わらせた〜」

 

中途半端に「お休み」なんて失礼だ。

 

潔く、去ろう。

 

気づくとチェロ男は、先生に「退会」の連絡をしていたのであった。

 

あれから月日が流れ、秋になったが、あの勢いで決めた判断は正しかったのか、わからない。

 

しかし、プロの先生と、アラフォーの私では、楽しさの基準が違うのだと思う。

 

技術を磨くのが楽しいのは良くわかるし、

その楽しさも、今まで感じたこともある。

 

けど、年のせいにしたくないけど、そういう楽しさは、チェロには求めてないのかもな〜って思う。

 

大人だし、技術を極める楽しさを求めてます。って、カッコつけたかったけど、

 

やっぱり普通に趣味で楽しみたいんだって思ってたんだな〜

って、

コロナ自粛で気づかせてもらったのかもしれない。

 

肩の力が抜けて、楽になった。

 

意識低い系でゆるくやります。

 

チェロを止めるわけではないので、また先生を探します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チェロ男は田舎の古い家の出身で

何不自由ないように見えて、実は内面では不自由ばかりを感じている複雑な少年だった。

 

長男である私は、家を継ぐという宿命もあったし、周りの大人はカタイ仕事をしている人ばかりで、常識に縛り付けられて生きていた。

 

「将来は〇〇になるんだ」

こんなことを言ってはいけない

そんなことしちゃいけない

そんな服装をしちゃいけない

 

そもそも、学校という場所も、人を型にはめる息苦しい場所であった。

 

同じような息苦しさを感じる人は、多いと思うし、

そもそも生きにくさを感じない日本人はいないのではないかと思う。

 

だからこそ、「盗んだバイクで走り出す〜」という尾崎豊に人は熱狂したのだと思う。

 

残念ながら、チェロ男には

ぬすんだバイクで走ることも、「夜の校舎窓ガラス壊して回った」ことも、ない。

 

「盗んでないから走れない〜〜」である。

 

幼少から高校くらいまでを思い出すと、なんとなく、胸が詰まる、モヤッとした気持ち悪さがある。

 

それからは、

自由を求めて勉強に打ち込んで、大学は地方を飛び出した。

一時期は日本からも飛び出した。

 

羽目を外していた人生の季節もあるけれど、探していたものはなかったと思う。

 

40になり、親になり、

子供も、何かと思い通りにならないことで悩んでいる。

 

けど、それでいいのだと思う。

 

結局、思い通りにならない苦しさが、自由を求める原動力になるのかと思う。

 

チェロを手にして1年だけれど、

チェロをぼ〜と見ていた感じることがある。

 

おそらくだけど、音楽も、「思い通りにならない人間の苦しみ」から生まれた側面もあるのではないかと。

 

実生活で思い通りにならないからこそ、音楽で思い通り表現したいと思うのではなかろうか。

 

だから、楽器に惹かれるのだと思う。

 

思い通りにならない世の中で、弦や弓が、声なき声になってくれるのかもしれないという期待を、どこかで感じ取るのかもしれない。

 

逆に、昔の、嫌な記憶があるから、チェロがやりたいと思えたのだと思う。

 

だとすれば、思い通りにならないで苦しんでいた若き日のチェロ男に感謝を伝えたい。

 

楽器を手にして、練習すると、酒を飲んで騒いでいた若い時には味わえなかった自由を感じる。

 

それでも、今度は「思い通りに弾けない」という不自由がある。

けれど、その不自由さは胸がつまる類のものではない。

 

数年後、あの苦しさがあったから、練習して、これだけ弾けるようになったのだと、思える日が来る(といいな)と思う。

 

自由になれないというコンプレックスがあったから、

勉強にも励めたし、

そのコンプレックスがあるから、この年で楽器を弾きたいと思えたのだと思う。

あの時の苦しさがなければ、今の仕事もできてはいない。

 

結局、昔のコンプレックスは、大きなギフトだったのだと、40にして気づくチェロ男であった。

 

 

 

チェロ男、アラフォーにして、突如チェロを習い始め、はや一年が経とうとしている。

 

「おい、チェロ男さん、チェロは上手になったのかい?ならなかったのかい?どっちなんだい!?」

「パワーーーー!」

 

と、なかやまきんに君風に自問自答してみる。

 

もちろん、答えは

YES!たかs・・」

 

技術的にはもちろん、向上した。

ゼロから始めた訳だから、上達していないのおかしな話である。

 

それ以上に、大人のチェロレッスン。

得るものが多すぎである。

 

 

チェロ・・ただの習い事ではなかった。

 

 

まず、発表会は自分の内面に気づく人生のターニングポイントとなった。

間違いなく、人間的にも成長したと確信。

 

日々のレッスンを振り返ると、

私の師匠は私がおじさんであろうと、妥協のない指導をしてくださる。

 

 

曲としては弾けるし、簡単だけれど、音の高さ、リズム、曲の流れなど、細かいところ(実は細かくもない)を言い出せば、いくらでも向上ポイントはある。

 

しかし

 

私は、「細かいところはいいから、先に進みたいな〜」と思うこともあった。

 

不良オヤジである。

 

 

今を大事にしているか

そんな時は、なんとなく慌ただしい日々を送っているもので

 

実生活においても、先のことばかりを考えているものだ。

 

目の前の課題、問題を見ないで、先のことばかり考えていたり

闇雲に知識を得ようとして、たくさん本を読んでも、あまり身になってなかったり。

 

自分を成長させたいと思っていても、目の前の人を大切にできていなかったり。

 

なんとなく、地に足がついていない状態。焦って、先ばかり見ている状態だった。

 

先に進めない状況を開き直って、

 

「弾ける曲が増えなくてもいいや、今やっている課題曲を、じっくり完璧にしてみよう」

 

そう考えると、なんとなく、ホッとした。

 

急がなくても、いいか、と。

 

先ばかりに進まなくても、前進しなくても、いいか、と。

 

綺麗な咲かせることばかり考えるより、根を伸ばすことに集中しようと。

 

じっくり、今の課題曲に集中して、先の曲のことは考えないようにした。

 

音階を自主練で真剣にやるようになった。

 

結果、なんとなく、音の高さがわかってきて、チェロの音も変わってきた。

 

「それなりに弾ければいい、趣味だし。プロになるわけではない」

 

それが、

 

「もっと上手くなりたい」というモチベーションに変わってきた。

 

私の師は、日々のレッスンを通して、私のモチベーションを変えてくれたのかと思う。

 

「頑張れ、もっと真剣にやりなさい」という言葉はなくとも

 

師の真剣な態度というものは、生徒にも伝染するものなのだと思った。

 

チェロのレッスンのおかげで、自分の本業でも妥協がなくなった。

 

より真剣にお客さんや仕事に向き合うようになった。

 

自分が先に進んでいないような気がしても、前進していないような気がしても。

売上よりも、どっしりと目の前の人、仕事に打ち込もう。

 

その気持ちは伝染するのでしょう。

 

チェロを始めてから、仕事の調子がやたら良い。

 

焦らず、丁寧に。

 

音楽を始めてみたいけど、一歩が踏み出せない、という方、きっと、趣味以上の得るものがあると思いますよ!

 

チェロ男HP(たまに更新)

 

 

チェロ男です。

 

ブログを読んで頂きありがとうございます。

いいね、コメントくださるかた、心より、ありがとうございます。

 

テレビに出る人たち

 

完璧に「主観」ではあるのだが、

 

テレビに出てくるのは、

 

基本「イケメンか美女」

 

ハゲ、デブ、ブスは、いわゆる「ヨゴレ」的な立ち位置になることが多いと

思っていた。

 

私は基本的にテレビはあまり見ない人間なので

多分、今は変わっているのかもしれないけれど、

 

おそらく、私のようなテレビと共に育った世代は、ある程度同意していたけれる方もいるかと思う。

 

テレビに出る人は、やっぱりすごいな〜という意識は、

どこかにある気がしている。

 

完璧で、美しく、カッコよくて。

 

昔、ある番組で、芸能人が社交ダンスにチャレンジする企画があって、

忙しい最中に練習し、綺麗に踊れるようになる芸能人を見て、

やっぱりすごいな〜と感心した記憶が、

脳の片隅にある。

 

世界の果てまでイッテQは、革命的番組ではあるまいか?

最近、「イッテQ」と言う番組で、

芸人の「みやぞん」さんがバイオリンを弾くという企画があったそうだ。

リアルタイムでは見ることができず、

ネットの動画で見たのだけれど、

 

たった3ヶ月で難しい「エトピリカ」と言う曲を弾くという挑戦です。

 

さすが、みやぞんさん、3ヶ月で曲をマスターするわけですが、、

 

曲の後半、緊張で弓が震え出します

 

私のような昭和脳は、

「震えてんじゃねーか!」と突っ込まれて

笑われる、という芸人の姿が頭をよぎる。


が、、しかし

 

見た人は、一様に「感動した」と言うわけです。

 

個人的に、世の中の流れが変わったとまで思う、大激震。
 

だって、テレビは、「完璧で、かっこいい」人たちしか映らないものだと思っていたから。

 

緊張したり、失敗したら

 

NG集で、笑われると思っていた。

 

けど、みやぞんさんのバイオリンを見て、

 

「震えることは、失敗ではないんだ」というようにパラダイムシフトが起こった。

 

音楽的には失敗かもしれない。

けど、挑戦者にとっては、

緊張することは、失敗ではない。

 

「人間味」なんだ。

 

「コンプレックス」が、現代社会の闇

 

私は軽度ではあるけれど、対面恐怖症やあがり症で、逃げる人生しか送ってこなかったけど、

 

その根本原因は、自分の弱さを認めることができなかったから。

弱さを克服して、強くなろう

カッコよくいなければならない!

と言う囚われ

 

そして、

 

人の前では、失敗せずに、ちゃんとしなければいけない。

堂々としていなければいけない。

強くあらなければならない。

 

という「べき論」に縛られてたに過ぎなかったと言うことに、

やっと気づいたわけです。

 

弱くたって、何もできなくたって、たいしてお金が稼げなくたって、

 

もう、いっか

 

と、頑張るのをやめてみると、ほっとする。

 

元オウム真理教の幹部である上祐氏も言っていた。

 

オウムのような危ない新興宗教、詐欺、投資、陰謀論。

 

のめり込む人の共通点は、

 

「コンプレックス」「認められたいという、心の渇き」

 

だそうだ。

 

自分の欠点、満たされない承認欲求、認められたい、大切にされたいと言う渇き

 

そこを突いて

 

そこで、「あなたは特別ですよ」と言って、

笑顔で擦り寄ってくる人たちがいるのです。

 

まずは、自分で、自分の欠点を認めるしかないんだと思う。

 

そのために、勉強したり、セミナーに行くのもいいけれど、

 

その欠点をさらけ出す経験をして、

その欠点を認めてくれる人を、ネット上でもいいから見つけると、

 

何となく、楽になる。

 

安心できる人間関係は、ネット上でも、リアルな世界でも、きっと作れると思う。

 

新しいことを始めましょう。

おすすめは、チェロです!笑

 

さらに詳しいことはブログで書いています。

 

チェロ男です。

 

ブログを読んで頂きありがとうございます。

いいね、コメントくださるかた、心より、ありがとうございます。

 

このブログでは、自分の心から「やりたいこと」をやることで

人生が豊かになるというメッセージ

そして、

おじさんがチェロ始めて学んだ大切なことを発信したいと思います。

 

日頃のチェロ日記も書いています。

 

※今日の記事は、おじさんの超個人的意見です。

 

自己肯定感って、なんやねん

 

「自己肯定感」という言葉が、持てはやされています。

 

しかし、この「自己肯定感」と言う言葉、どう言う意味?

と言われたら。

 

「何となく、自分に自信を持つってこと?」

「自分、すごい!」

みたいな?

と思っていた・・

 

けど、チェロ男的には、これは違うって、最近思っているのです。

 

結論から言うと、

 

「ダメな自分を肯定すること」

 

それが、自己肯定感だなと。

 

思い起こせば、チェロ男。それと言って、欠点らしい欠点はない男だった。

だって、ほら、僕ってパーフェクトでしょ?(高田純次師匠風)

 

小学・中学生の頃は、勉強は微妙だってけど、スポーツができる少年だったし、

高校はそれなりに得意科目は勉強もできた。

 

自分は、人前に出るのが、ダメかもしれない

 

しかし、英検の試験監督のバイトで、緊張して試験の説明を話すがのしどろもどろになった

就職活動で手が震えて名刺交換をちゃんとできなかったり・・

家族の前で話すのも手が震えたり・・

 

パーフェクトなはずだったのに、人前に出たり、人前で話すのが、俺って、ダメじゃないか・・と気づいたんです。

それから、

仕事を選ぶにしても、

「なるべく人と話さない仕事」を選んだり

とにかく、人前にでることを拒んで生きてきました。

 

そうしないと、パーフェクトなチェロ男でいられないから・・

 

パーフェクトな自分でいることが、「自己肯定感」だと思っていたのです。

 

「人前で震える」自分を押し入れの奥に仕舞い込んで、見えないように見えないようにしておりました。

けど、やっぱり、心の奥底で、

「ダメな自分」

が顔を出すのです。

「どうせ、お前はなにやっても人前には出ればいんだよ、イヒヒ」って感じで、悪魔が顔を出すのです。

 

何とも言えない漠然とした不安から、セミナーにもよく行きましたし

本も大量に読みました。

 

それから数十年経ってしまい、

40で、憧れの楽器、チェロに出会うことに。

 

発表会

 

発表会、と言うものがあるのを知っていたのですが、

「まさか出るものか」と思っていました。

 

しかし、先生は、

「大丈夫ですよ〜」

と、力を抜いた雰囲気で言ってくださったのです。

 

さすが、音大卒だからか、人が安心する周波数というか、音の高さをご存知なのか・・

わからないけれど、

 

不思議と、やってみようかと思ったわけです。

 

決めたのはいいけれど、

そこから「あがり症」を研究する日々。その辺りは前回も少し書いたと思います。

 

迎えた本番。

 

そこまで緊張はしている感じはせず。

頭が真っ白とか

心臓が飛び出そう、とか言うのはなくて・・

 

けど、弓はブルブル震えて。

 

音がかすれて、震えて。

 

あぁ、やっぱり、やっちまったな、と。

子供でさえ、堂々と演奏しているのに。

 

40にもなって、ブルブル震えてる自分に、心底嫌気がさしました。

 

けれど、

 

そんな私を笑う人も、

「あがってダメだったね」

と指摘する人も、

 

一人もいなかった

 

子供の頃は、「メンタル弱い」とか「本番に弱いと」とか

指摘されまくっていたけど、

 

今は、そんなこと言う人は一人もおらず

 

むしろ、同じ教室の方々は、温かい目で見てくれて。

先生は、後日

気を遣ってくださったのだとは思うのですが、

「弓の動き、良かったです」とまで笑

 

さらにその後、ネットで芸人の「みやぞんさん」がテレビでバイオリンに挑戦する動画を見たのです。

 

芸能人の彼が、緊張でブルブル震えている・・

 

なぜか、涙が止まらないチェロ男。

 

コメント欄を見ると、「震えて頑張る姿に、感動した」というような好意的なコメントばかり。

だれも、震える姿を馬鹿にしたりはしていなかったのです。

 

チェロの発表会に出て、私は世の中の見え方が変わりました。

 

人前で震える私を誰も馬鹿にしていないと気づいて、

人前で震える自分を、受け入れることができたのです。

 

そんな弱い自分でもいい。

 

緊張する自分でも、いい。

 

そしたら、他人のことも、許せるようになったのです。

 

今までは、他人のこともジャッジする癖があったのだと思います。

 

パーフェクトじゃない、弱い自分を認めたら、

 

パーフェクトではない他人も認めることができるようになったんです。

 

だから、自分の子供にも、失敗したり、挫折することが悪いのではなくて、

失敗したり、挫折したりする自分を、認めることができるのが、本当の自己肯定感だよって、言える気がするんです。

 

けど、みんな、失敗しないパーフェクトな自分を目指しちゃう。

 

高田純次以外に、パーフェクトな人間はいないのにね。

 

 

大袈裟ですが

 

自己啓発本を100冊読むより、

 

チェロの発表会に一発出た方が、学びがありました。笑

 

今までの人生、もっと飛び込んで、挑戦すればよかったかもなぁ。

ま、これからこれから。

チェロ男の挑戦は続きます・・

 

長くなってしまいましたが、最後まで読んでくださった方がいたら、ありがとうございました。

 

 

 

さらに詳しいことはブログで書いています。