体外離脱の方法 最新情報(光明庵 ) http://www.obe.jpn.org/

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体外離脱や変性意識で体験した内容を紹介しています。
光明庵の体外離脱最新体験談を収録した日記です。


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今回はちっと変わった体脱体験談をお送りします。
一般の体外離脱では、アストラル界(幽界)やメンタル界(想念界)に行くことが殆んどですが、まれに、これらの世界とは明らかに異なる摩訶不思議な世界に行くことがあります。今回の体験談では、体外離脱中に偶然に行った「天界」と思しき世界について書かれています。ちなみに、「天界とは何か?」ということですが、通常行く霊的世界と、見た目は似ていても、目に見えない波動(バイブレーション)が明らかに異なったところです。簡単に説明すると、天界とは、「ある力(能力)」がとても高い存在達が集まったところなので、人間が持つような様々な制限が無くなり、その結果、人間が経験しなければならない苦労が存在しないところなのです。さらに、そこでは私達にとって貴重な霊的メッセージがもらえるということも付け加えておきます。

(以下、体験談)

「天国良いとこ、一度はおいで」
私は体脱していて、気づくと小学生くらいの男の子と一緒に歩いていた。しばらくすると二人の同じ年頃の男の子が仲間に加わった。しばらく歩いていると、その中の一人が履いていた運動靴の紐が解けてしまった。それを見た最初の男の子が、靴紐の結び方をその子に教えはじめた。すると、3人の子供たちの運動靴が皆ピカピカに輝いてきた。私は、「え、なんで?」と思っていると、その子供たちはいつの間にか3人の女子大生に変わってしまった。彼女らは「アートデザイナーの卵」だと、私に伝えた。
しばらく歩くと、私たちは豪華な飾りつけがあるショップの前に到着した。私と一緒にいた3人の女子大生は、そのショップの許しを得て、中に入ることになった。そこに入ってみると、この世では見たことのないような絢爛豪華な装飾品や日用品があった。その中には、ダイヤモンドを粉々にして、純金で練りこんだようなとても美しいものもあった。また、とても大きな光輝くシャンデリア、大小の美しいスタンド、器、カップ等々、これまで見たことのないものが所狭しと置かれていた。それらは、どれもすごくきらびやかで、高価そうなものだったので、最初はウキウキしながら見ていたが、ふとこんな考えが頭の中に浮かんできた。

「もし、この中の一つを、私たちがが間違えて壊してしまったら大変だ...」

すると、私の心のつぶやきを察知したのか、そこに一人の紳士が現れ、優しそうな笑顔で「大丈夫!」と言った。そして彼は、私たちの目の前で、そこに並べてあったコーヒーカップを手に取って、それをぐにゃ、ぐにゃと伸ばして棒状にした。さらに彼は「形は自由に変えられるんだ!」といって、それを粘土のようにいろいろな形に変形してみせてくれた。この紳士のアドバイスに従って、私たちは、ショップの中のものをあれこれと手に取って、粘土細工をするようにその形を変え遊び続けた。この遊びをしているとき、私達は本当に心の底から楽しかった。

次に、このショップの隣に劇場のようなものが見えてきた。そこでは数人の客が座ってステージのショーのようなものを楽しんでいた。ただ、このショーはちょっと変わっていて、見る側と見せる側がときどき交代しながらショーを楽しむというものだった。彼らが演じているものは、(昭和の映画でよく出てくる)宴会芸か芸者遊びのように、私には思えた。彼らは下半身を幕か布のようなもので覆ったり、外したりして、どきどきユーモラスに顔の表情を変えることを繰り返していた。彼らの芸はとても単純で、他愛のないものだったが、彼らのユーモラスな表情のせいで、見ている者はみな心底楽しそうに大笑いしていた。

やがてこの楽しみのエネルギーがどんどんと大きく成長していって、気がつくと緩やかで、滑らかな光エネルギーに変化していた。このとき私は得も言われぬ幸せで優雅な波動に包まれていた。また、いままでは分離していた存在であった私達が、いつのまにか一つのまとまった大きなエネルギーの流れになって一体化していた。

「これって、光の次元なの...」

などと考えていると、私は肉体の意識に戻ってしまった。しかしその直後、こんな考えが私の頭の中に浮かんできた。

「そうか!人間は肉体という借りものの肉体にいるけど、本当は自由なエネルギーそのものだったんだ...」

体脱から戻っても、しばらくはこの幸せで優雅な波動は続いたままだった...


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 なぜ人間が生まれてきたのか?と云う疑問を皆さんもお持ちのことと思います。今回の体験談では、ガイドと思しき存在から、人はなぜこの世に生まれてくるのか、という疑問に対する簡単なヒントを貰ったことが紹介されています。 

 

(以下体験談)私は、意味不明の三つのビジョンを何者かに見せられた。最初のビジョンでは、山間の静かなところで畑仕事をしている人達が見えた。彼らは植物の種をまいて、育てて、刈り取って、また植えて刈り取ってそれを繰り返していた。それは、何の変哲も無いありふれた光景だった。

次のビジョンでは、別のところで、美容室のような部屋で、女の子たちが集まっていた。その中に頬を赤く塗った着物姿の中年の女性がおり、ニコニコしながら何かをとても楽しそうにしゃべっていた。

最後のビジョンでは、その光景を、別の部屋から眺めている男の姿が見えた。その男はその中年の女性の夫のようだった。その男は、彼女達のサポートをするのが仕事らしく、どちらかというと目立たない存在であった。ただ、彼は彼なりにそのサポート役でいることにとても満足しているようだった。

私は、これら三つのビジョンを見せられたが、その意味するところは、最初はよく分からなかった。この何の変哲も無い平凡な光景に、どんな意味があるのだろう、と思っていると、どこらともなく男性の声が聞こえて来た。

 

「人生ではあなたが生きることそれ自体が目的なんだ…」

「なにか大きなことを成し遂げることが重要という訳ではないだよ…」

「何の変哲もない小さなことを、あなたがどれだけ人生で楽しんだのか?」

「それをあなたが人生でどれだけ積み重ねてきたのか?」

「そんな経験の方が大事なんだ…」

 

次の瞬間、私は肉体に戻っていた。

「なるほどね、ガイドさん。つべこべ文句を言わずに、自分の人生を、好きになって楽しんでこい!ってことね。それが人生の収穫ってことなのね」

私はそう思った。  


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ふと気付くと、私は空港ターミナルのようなところにいた。そこは何も仕切るようなものがなく高級ホテルのロビーを数倍広くしたようなところだった。また、そこには大勢の外国人のような人達がおり、賑わっていた。

 

どうやら、ここは(霊的世界の)旅の途中で人々が立ち寄るところのようだ。人々はそれまで使っていた「乗り物」をここで取り替えたり、「乗り物」の燃料補給をしていた。また、その際に、必要な情報を互いにやりとりしていた。

 

ちなみに、私は数人の仲間たちと一緒に(霊的世界の)旅をしており、その帰りにここに立ち寄ったみたいだ。私は、ここで仲間たちと情報交換をしていた(何かの報告をしたり、何かの指示を受け取ったり)。私の仲間たちは、皆大きなリュックを担いでいて、これから出掛ける旅に備えて任地(現実世界?)で必要とするものをここで調達しているようだった。彼らのリュックの中には、「物質化の種」がたくさん詰め込まれていた。ここで「物質化の種」とは、いわば「創造の種」のようなもので、不便な任地(現実世界?)で、得ることが困難なものを即座に物質化するためのものだった。一方、私は年配の紳士から通帳2冊と、古びた紙幣の束を受け取って、私のリュックに詰め込んだ。

 

しばらくして、私達は各々大きなリュックを背負い、豪華なエレベーターの前に立っていた。このエレベーターに乗って下降すると、それぞれが任地(現実世界?)へ赴くことができる。ちなみに、この任地は階で言えば一番下の階だった。ここで私の姿が一瞬見えたが、私は24、5歳の可愛い娘になっていた。これから戻るところ(地球?)はとても厳しいところであることは、皆が承知していた。しかしそれを承知の上で、皆は嬉々として弾んだ表情をしながらエレベーターが来るのを待っていた。仲間の顔ははっきりと見えなかったが、私達はとても親しい間柄のように思えた。

 

このとき、私はふと「あの通帳とお金は地球でも使えるのだろうか?」と考えた。すると、程なく目が覚めて自分の肉体に戻った。

 

(コメント)

 

この体験談は、「人間は寝ているときに、霊的世界で活動しており、そこでこの現実を生き抜くための様々な情報やエネルギーを得ている」ということを示唆しています。より分かりやすく言えば、「人間は夢のレベルでガイドから霊的情報をもらったり、現実を創造するための引き寄せのエネルギーをもらったりしている」ということなのでしょう。この体験談の面白いところは、「人間にとって、この現実世界はあくまで、一時的な赴任先(旅行先)に過ぎない」ということがはっきりと示唆されている点です。普段の物資的思考方法から離れて、霊的視点から私達人間の人生を眺めてみると、厳しいこの現実世界もまったく異なるものに映るのではないでしょうか。ちなみに、「エレベーターに乗って下降する」ことは、「霊的世界から次元を降下して物質世界に移行する」ということを意味しています。


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こんにちは、光明庵です。

今回は、「過去生」に関する体験談をご紹介します。

 

(体験談)私は肉体を離れて意識の世界にいました。そこは、街のはずれのようなところで、廃墟になったビルのような建物が見えました。そのビルの鉄筋はむき出しになっており、なにか空虚な感じがしました。
そこには風が吹いたり止んだりしており、しばらくすると、枯れ葉のようなものが、漂い集まってきました。この枯れ葉のようなものは、20センチから数センチぐらいのもので、数え切れないほど沢山ありました。そこは、まるで枯れ葉の吹き溜まりのような場所になっていました。
この枯れ葉のようなものをよく見てみると、それらは笹舟のような形をしていましたが、ねずみ色でどこか薄汚れており、あまり気持ちの良いものではありませんでした。また、この笹舟を構成する笹のようなものはさらにいくつもの層から出来ていることが分かりました。
「これは一体何なの?」
私がこう思ったときでした。少し離れた上方に光の玉が現れました。そして、この光の玉から、何かが放射されました。すると、この枯れ葉のようなものが、一斉に分解し始めました。そして、それらは微細な灰のようなものになり、すべて空間のどこかに消えて無くなってしまいました。
この光の玉は、この一部始終を上から観察していましたが、私に次のような想念のエネルギーを送ってきました。
「これで、(あなたの)過去生の清算が完了した…」
私はこのとき、この光の玉が霊体(生命体)であることに気づきました。実を言うと、この薄汚れた枯れ葉のようなものは、私の過去生のエネルギーだったのです。そして、笹舟のようなものを構成していたものは、私の過去生の想念の残骸だったのです。
私が、このことに気付いたとき、さらにもうひとつ興味深いことを体験しました。それは、この光の玉とは別に、「すべてを見ているもう一つの視点」が存在していたことです。このもう一つの視点は、私に次のことを教えてくれました。
「私の過去生をかき集め浄化しているこの光の玉も、私自身なのだ」…
実を言うと、私は最近、光のエネルギーを取り込むイメージ練習をかなり熱心に行っていました。それが、このような奇妙な霊的体験を引き起こしたのだと気付いたのです。単なるイメージ練習だと言って、その力をあなどってはいけないことを私は痛感しました。


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(体験談)ある朝、私がうとうととしているとき、ふと意識が目覚め明晰夢の状態になりました。私は、キャンプ場のようなところにいました。このキャンプ場は山の麓にあり、とても美しいところでした。また、そこには私だけでなく、5-6人の人達が見え、皆がそれぞれ「物質化」の練習に取り組んでいました。ここで、「物質化」というのは自らの意思をつかって霊界で物を作り出すことです。

私は、このときなぜか「ラーメンを食べたいなー」と思ったので、まずはラーメンを物質化しようと思いました。私が意識を集中すると、目の前の空気が動きはじめました。次に、それがつむじ風のような渦巻き状のものになって、私の目の前に移動しました。そして、次の瞬間、それがモヤシのたっぷりで湯気まで出ているおいしそうなラーメンに変化しました。

「これは面白い

「ひょとして何でも思っていることが叶うかも

私は、ここが物質世界ではなく、肉体を超えた世界だということが分かっていたので、こんなことを考えながら、ひとりでにやけていました。

次に、私はもっと大きなものを作ることに挑戦してみました。それは私が高校生のころにずっと住みたいと思っていたドームの家でした。

「このドームの家でラーメンが食べたいな~」

と私は思いました。すると今度は、その瞬間に、クリスタルで出来た輝く大きなドームの家が出現しました。今回は、具体的に何かをイメージしたわけでもなく、つむじ風のようなものも出現しませんでしたが、それは私が想像していた以上に美しい家でした。

「肉体を離れたら、こんなすごいことでもできちゃうんだ」

「誰かが私の高校生のときの記憶を読み取っているのかしら?」

私は、こんなことを考えながら、しばらくこの魔法の家をしみじみと眺めていました。

「ところで、みんなはどうしてるの?」

私は、周囲の人達が何を作っているのかがちょっと気になりました。するとその瞬間に私の意識は肉体に戻ってしまいました。

(コメント)霊界では、所謂「物質化」が簡単にできてしまうのですが、今回の体験談ではその詳細なところが書かれており、興味深く思いました。「物質化」の方法は、人によって様々だと思いますが、「物質化」を体験すれば、確実に霊界の神秘の一つを知ることになると思います。


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朝方、ベッドから起きる前に波動アップをしていたら、何処からともなくこんな声が聞こえてきました。

「意識をもって、(日常の場面で)好奇心を働かせなさい」

「退屈になるかどうかどうかはお前次第だ」

私は、正直、びっくりしました。

実を云うと、私の最近の生活にはメリハリが無かったので、昨夜は、「日々の生活が退屈だなあ..」と思いながら寝入ってしまったのです。そしてそんな私の心を、この声の主が見通していたのです。

「結局、私は人生の表面的な部分だけを見ていたのか?」

「もっと注意深く、細やかに、日々の生活を見つめ直せば、本当に私の人生はもっと面白くなるかも」

・・・・。

今回聞いたこの声の主には、まるで私の親のような波動を感じました。そして、この声の主のアドバイスに今回は素直に従ってみようと思いました。


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肉体を超えた世界に興味を持ち、立ち上げた光明庵もいつの間にか今年で20年目になりました。これもすべて光明庵を支援してくださった皆様のおかげです。本当に、有り難うございます。私は「体外離脱後の世界」が体験できるようになって、これまで読んできた精神世界の本の裏の意味なんかも、今では少しは分かるようになってきました。
 
さて、今回は私が2001年立春の日に体験した神秘体験についてお話しします。このとき、私は「根源」と思しき眩しい光の集合体に遭遇しました。そしてそこからに無数の光る金色の塊になって下降する魂達を見せられました。それからというもの、私の関心はすべてのその源(神)になってしまいました。
 
神はどんな姿をしているのか?
 
人間に何を求めているのか?
 
などなど…
 
次に、2年前の初夏、私がうたた寝をしてしまい身体の調子を崩したときです。私はこんなふうに独り言を、心の中で呟いていました。
 
「どうして神は人間をこんなにも不自由なものに作ったんだろう?ちょっとした不注意で病気はするし、ケガもする。この肉体を維持していくのは大変だ。どうして神はこんな不自由を人間に強いるのだろう?」
 
すると驚いたことに、ほんの2~3分もしないうちに、こんな声がどこからともなく聞こえてきました。
 
「いつも(私と)一緒に在りなさい。離れているから恐れや不安がある。」
 
私は、正直ビックリしました。
 
「え、こんなにすぐに返事が来るの?」
 
私達人間にはなかなか信じられないことですが、人間の世界と神の世界は意外に近いということでしょう。
今後も体外離脱などの神秘体験をとおして、この「神の世界」を探求していたいと考えております。

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今回はレンズを使った瞑想法についてお話したいと思います。

実は、このレンズはワークショップに参加されたTさん(府中市)が瞑想しているときに出てきたものでした。このレンズを使って瞑想すると、とても良い透視の練習ができることが分かったので、ここでご報告させてもらいます。
前出のTさんが瞑想していると、四角形の分厚い大きめのレンズが現れて、そこを覗くとはっきりとしたビジョンが見えたそうです。このレンズは瞑想中に何度も現われて、興味深いビジョンを提供しました。

このレンズには何か深い意味があるはずだと堀田さんが考え、このレンズを使った瞑想をいくつか試したところ良い結果が得られたそうです。
以下、このレンズを使った瞑想法のポイントをここでご紹介します。

1)海中メガネのような使い方で、不可視の領域を見るためのツールとしてこのレンズを使う。
2)息を吸うとき、イメージで頭の上にこのレンズを置いて、それを使って生命の本源のエネルギーを集める。そしてそのエネルギーを自分の体の中に取り込む。
3)ものごとを物質次元の見方ではなく、実相として視るためのフィルターとしてこのレンズを使う。この使い方は、通常の生活では見えないものごとの本質、実相を視るために使う。

このブログを読んでくださっているあなたもいろいろな使い方を工夫なさって、楽しんでいただけたらと思います。  

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(体験談)深く寝込んだ後、私はふと体外離脱していることに気付きました。私は田舎の静かな倉庫のような部屋の中に立っていました。私の前に、二人の男の人が居るのが見ました。彼等はとんがり帽子をかぶっており、古代の儀式を取り行う執行官のような厳かな雰囲気がありました。

次にその二人は特殊加工されたフィルムのようなものを私の霊体にかざして、それをスキャン(精査)しはじめました。このとき、不思議だったのは、この様子を少し離れたところからもう一人の私が見ていたことでした。

彼らが私の霊体にフィルムを当てると、そこに一瞬ですが15センチほどの人の形をした金色の存在が現れました。しかしその存在が見えたのはほんの一瞬で、次にその人型の存在から、眩い金色の閃光が放射されました。そしてその人型の存在は光に覆われて見えなくなり、黄金の花火のような閃光が次々と湧き出てくるのが見えました。

このとき理由は分かりませんが、私の全身に強い畏敬の念がわき起こりました。それと同時に、私の意識は、スキャンされている霊体の方に移行しました。周囲を見ると、いつの間にか、周りにはたくさんの人達が集まっていました。彼等のうちの一人がこんな言葉を呟くのが聞こえてきました。

「こんなのは、なかなか見せてもらえないんだよ…」

コメント)この光輝く内なる存在は、所謂真我とかハイアーセルフと呼ばれる存在のことだと思います。



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5月はじめごろでした。私は夕方、シャワーを浴びてソファーでうたた寝していましたが、途中、寒さで目が覚がめました。心臓もドキドキしてきたので、私はとても嫌な感じでした。どうも薄着のまま寝込んでしまっていたのがいけなかったようです。それから私は再びベッドに入り、ヒーリングも兼ねてすこし瞑想することにしました。


気がつくと私は人間を創造した神にこんな不満をぶちまけていました。


「人間はちょっとした不注意で病気になったり、怪我をして、嫌な思いをする。暑かったり、寒かったり、将来の不安などもあり、人間やっていくのは大変だ」


「あなた(神)は人間ではないからわからないでしょうが、人間はなんでこんなに不自由なのか?」


私は心の中で、ついこんな文句を言っていましたが、いつの間にか眠りに入ったようで、意識が朦朧としてきました。


そんな時、こんな声が聞こえてきました。


「いつも、なにをするときも、(私と)共に在りなさい」


「(私と)離れているから、恐れや苦痛がある」


はっと気付くと、私は体外離脱していました。そしてそこは白く輝く、炎のような光で満ちていました。その光はまるで生き者のように思えました。その光は全ての存在に浸透しているように私には思えました。その光は全ての出来ごとや考えを読み取り、記録しているように感じられました。そして私自身もその光の一部であり、その光に含まれているということが分かりました。光の存在とも呼べる私達は深いレベルでお互いを理解し合っていることもこのとき分かりました。


このとき私は宇宙(神?)のはたらきを垣間見せられたように思いました。神の世界は夢や幻のようなものではなく、現実の暮らしの中にも深く浸透していることを実感しました。そして私たち一人一人はいつも神に見守られ、関心を持たれていることが分かりました。


コメント)肉体レベルではなかなか分かりませんが、高い次元では「私達は光として存在している」ということです。そこに存在するものは全てが繋がっているので、人間が神に対するさまざまな愚痴を言っても、ちゃんとそれは神に届いていたということです。

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