またも、まだ読んで無い本の紹介ですタイトル


贅沢の条件 (岩波新書)/山田 登世子
¥735
Amazon.co.jp


「あなたにとって贅沢とは何ですか?」


―――贅沢はお金で買えるのか、買えない贅沢とは何なのか。

「タイム・イズ・マネー」の呪縛にとらわれた世界にあって、「真の贅沢」とは何なのか。



ちょっと前の日曜日の日経新聞の読書欄で紹介されていて、気になった本、先ほど購入しました本



私にとって、「贅沢」とは、手にしたことがあるのか、手の届かないところのものなのか、近くで遠くて、でもずっと追い求めてるようなものの一つ。


サラリーマンの初任給よりはるかに高いワインや、高級ホテルのスイートルーム、星付きのレストラン、高級外車の助手席、1足十数万円の靴達・・・


果たして、これが贅沢?



「富」とは違って、そもそも「贅沢」とは感覚的であって、測量不能なもの。


時代の変化で贅沢の意味も変わってくる。



先日、とある女性の、


「本当の贅沢とは、自分の愛する人から愛されること」という言葉に、


共感しましたが、この言葉に共感できるのも期限があるのかもしれない・・・



この本は、そんな贅沢の定義を紹介した本です本






読売新聞で紹介された、直木賞作家綿矢りささんの書評も素敵なので、ご参照ください↓



あなたにとって贅沢(ぜいたく)とはなにか。著者のこの問いに、人々は「家族と一緒に過ごす時間」「生涯現役でいること」と答える。しかし、それは幸福や生きがいであり、贅沢ではない。本物の贅沢とは、歴史や伝統のある美や、ゆとりある心や、遊びの精神が必要なのだ、と著者は言う。


 私にとっての贅沢は、贅沢をした人の話を読むこと。しかも無邪気にあるだけ使ってしまって、あとから困窮するほどいい。あのころはよかった、と当時のよみがえりを渇望する後日談がセットでついてくると、さらにその贅沢さがひきたつからだ。


 贅沢のしすぎで落ちぶれた人を、世間はせせら笑う。でも案外、贅沢者の逸話が、当時の時代の象徴として後世に語りつがれている。マリー・アントワネットの暮らしぶりがいい例だ。贅沢は消費社会の喜びの極みでもある。金色の原液を飲み下す一夜は、強烈にかがやき、小さな歴史をきざむ。(岩波新書、700円)


評・綿矢りさ(作家)

(2009年8月31日 読売新聞)






わがまま社長の道楽日記