今日はJohn-Hoonのことじゃありません・・・ので・・・



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あれは私の始めての海外旅行。

父といっしょに参加した北京・桂林・上海をまわる中国7日間のツアーに

出発した翌日の朝。

朝食に集まったツアーの人たちに添乗員さんが言いました。

「昨日日本で、飛行機が落ちたようです。

 まだくわしいことはわからないんですけど・・・」


その当時の中国は、今オリンピックに沸いているような国ではありませんでした。

もちろんインターネットもないし、情報も添乗員さんが日本と業務連絡する電話のみ。

あんなに大きな事故だとは想像もしていませんでした。

もしかしたら添乗員さんは知っていたかもしれませんが、

桂林に飛んだ飛行機なんて軍用機のようなプロペラ機で、着陸した時に

自然と拍手がおこったぐらい不安を感じさせるものでした。

だから、あえて言わなかったのかも。


日本に到着して、羽田空港で初めてテレビのニュースを見て、愕然としました。

まさかこんな大きな事故だとは・・・


私が東京から大阪に帰る便は、JALの午後18時羽田発大阪行きでした。

もしあの事故が6日後に起こっていたら・・・

それを考えると・・・

今日まで23年も生きてこられたことに感謝するばかりです。


中国を旅行して、異文化に触れる楽しさを知りました。

と同時に、そこに行く為の飛行機の怖さも知りました。

今でも、旅を楽しみながらも、

いつも心のどこかで最悪のことを覚悟しながら乗っています。

最近は航空会社も厳しい状況で、安全面で不安を覚えることも多いのですが、

犠牲になられたたくさんの方々の思いを忘れることなく、

関係者の方々には空の安全を守っていただきたいと思います。

そして、犠牲になられた方のご冥福を、心よりお祈り申しあげます。


どんなに歳月が流れても、8月12日を忘れることはありません。