初めての海外。行きの飛行機でいきなり隣りの席が俺好みの体の大きい金髪の女の子という幸運に恵まれた。ラジオをつけようと体を横に向けた時に何気なく目が合った。向こうの娘ってこっちに気があるのかって勘違いしてしまうくらい、ジーっと覗き込むように見つめてくる。それが結構新鮮だった。でもそれが会話のきっかけになってしまうから得だ。何でも、北海道の大学で教鞭をとっていた父親の赴任期間が終ったので、家族とカナダのレスブリッジに帰るところだという。一応会話にはなったようだが、彼女から英語を誉められたときはちょっと嬉しかった。中継地点のハワイで別れたが、お互いの住所を交換した後トロントに電話をもらうという約束で別れた。だが、その時ホームステイ先の連絡先がすぐにわからず学校の番号にしてしまったせいか、結局連絡は来なかった。のちに彼女からは2回ほど手紙をもらったが、どうやら電話はしていたらしい。だがエイジという者はいないと言われたとのことだ。手紙の中で、学校は退屈ですと書いていた彼女とは結局それっきりになってしまった。

 

 

 エージェントの不備というべきか、トロントの空港からの案内は一切なく、一瞬途方にくれてしまったが、取りあえずダウンタウンまで出れば何とかなるだろうと、重い荷物と慣れない小銭の扱いに手間取りながらやっとの思いでバスに乗り込んだ。辺りは何もない荒涼とした土地が続いており、はるか前方に市街地と思われるまだ新しそうないかにも人工的なビル群がそびえたっている。そして終点らしいところで降り、そのまま人の流れに沿って地下鉄の入口らしき階段を下った。切符も買わず入って(入れて?)しまったが、バスと地下鉄の共通券にでもなっていたのだろうか。とにかく何とかその地下鉄で市街地まで到着。あとはタクシーを拾って、指定のホームステイ先の住所を告げた。ハイウェイをしばらく走った後、やっと住宅地らしいところまで来たが、住所だけではどの家かわからない。結局、運転手が公衆電話から電話をかけてくれ、やっと事無きを得た。

家から出てきたのは、留守番中の何やらたくさんいる甥っ子だか何だかのうちの一人で高校生くらいの少年だった。昼間っからTVのプロレス中継を見ている。突然、俺は海外のホームドラマの中のどこにでもある日常生活に放り込まれてしまったかのような不思議な気分になっていた。同時にここが日本から何千キロもはなれた異国の地であるということを思うと、途方もないところへ来てしまったという感慨をも抱かないわけにはいかなかった。

 スカボローという何やらS&Gの歌を思わせる地名に位置する、その家にはきついアイルランドなまりを話す初老の夫婦が住んでいた。初老といっても小柄でやさしそうなじいさんに対し、ばあさんのほうは目のぎょろっとした恐そうな人で、実際一度、帰ってくる時間を事前に知らせなかったかなにかでひどく腹を立ててしまい、口をきいてもらえなくなった時があった。だが根はいい人だったと思う。といっても俺の部屋は物置かなにかに使っているような薄暗い地下の部屋だったが。

メトロ・トロント・ランゲージスクールのあるダウンタウンまでは、家からバスと地下鉄を乗り継いで通った。4週間のコースで、西海岸等日本人の多い学校をさけ、あえて日本人が少ないだろうと思ってこの場所を選んだ俺の思惑通り、クラスには俺以外の日本人はいなかった。その中でレミーという30歳のフランス人とグスタボという24歳のメキシコ人の2人とはかなり仲良くなった。当時、俺は19だったが歳の差にはあまり違和感を感じなかった。先生はガースという黒人で、明るく元気のいい人だった。他のクラスには日本人もいたようだが、彼らはカフェテラスでの昼食時など、一つのテーブルに固まってばかりで、外人と同じテーブルについている俺を見て「頑張ってるね」などと、まぬけなことを言っていた。

俺も俺で、海外まで来てまで日本人とは絶対同じ穴のむじなにならないという、変な意地が働いていたことは確かだった。でも、申し込む時一緒だった山田さんと、京都から来たという目のぱっちりとした吉田流利さんというふたりの女の子とは時々、話したりはした。

 レミーは自国では農業学校の先生をしているとのことだったが、なるほどK・クリムゾンのロバート・フリップよろしく学者然とした風貌をしていた。彼とは、理屈抜きにウマがあった。何と言うのか、変に気を遣うことがない。恐らく彼も他の日本人以上に俺とは接しやすかったはずだ。俺自身、決して平均的な日本人じゃないと思ってるから、きっと俺のキャラクターそのものが受入れられたんだろう。一方、俺も子供だったから、変に彼に対し日本人批判をぶったりしてた。彼と最後に別れるとき、「おまえの今回の一番の収穫はなんだ」と聞かれて俺は言ってやったもんだ。「ユー!」と。奴、笑ってやがった。

最後の別れといえば、西ドイツから来た同じクラスのアンジェリカという30代後半位だったと思うがそれでも一応ブロンドの女性に、まあ向こうとしては単なる別れの挨拶に過ぎなかったのだが、生まれて始めてキスをされて、どぎまぎしてしまったのを覚えている。

 こちらでは一度床屋にも行った。ステイ先の近所にある小さな店で、当時床屋といえば俺はどうも苦手なイメージしかなかったのだが、ここの主人は日本人にない気さくな人で、非常にリラックスすることができたのを覚えている。おまけに最後には一緒に記念写真まで撮らせてくれた。実は今回、写真の一部を露光させてしまい、その中にこの時の写真が含まれていたのが残念でならない。