やっと時間が出来たので・・・

昭和20年の今日、日本は連合国(と言っても実質米英ソの3カ国。それにちゃっかりと中国も)
に降伏し、太平洋戦争は終わりました。


この時点で日本各地の主要都市は、大型長距離爆撃機B-29の空襲で灰になってしまいましたが、
それでも日本の空を守ろうとした部隊が居ました。


日本本土の防空は、陸軍、海軍共同の任務でしたが、帝都防衛は主に陸軍の分担でした。

遠くサイパンから飛び立つB-29は長距離飛行を強いられ、そのため空気密度が極めて低い成層圏
付近を飛ぶ事になります。


極端に気圧は下がり、人間は酸欠で気を失います。
気温も低く、翼には氷が着くほどでしたが、米国の工業力はこれを克服。


空気の無い高度を飛ぶB-29の迎撃は、日本戦闘機隊にとって不可能に近い任務となりました。
空気が無ければ、エンジンが止まってしまいます。


10,000mまで上がれても飛ぶのが精一杯で、B-29を攻撃するどころか追い付く事すら
出来ません。


そうしてる間に次々と爆弾は投下され、都市は灰にされ国民は焼き払われました。



調布の飛行第244戦隊。
松戸の飛行第53戦隊。


この部隊はとうとう捨て身の作戦に出ます。

エンジンとガソリン。


それ以外の物(通信機、防弾装置、航法装置、そして敵を攻撃する為の武装も)を全て取り外し、
戦闘機を飛ぶ為だけの飛行機に改造しました。

軽量化を行い、B-29に追い付くためです。


目的はただ一つ。
B-29への体当たり。


もう、これしか国民を守る方法が無い。


この部隊は
「震天制空隊」
と呼ばれ、国民にも存在が明らかにされました。
天を震えさせ国を守る。
彼等は飛び立ちます。


知り合いの品川区在住の社長さん。子供の時に大人達から
「心配するな。震天隊が守ってくれる」
と聞き、サーチライトに照らされたB-29が日本の戦闘機に体当たりされ、火を噴きながら墜落
するのを見て飛び上がってバンザイを叫んだそうです。



どうだ、まいったか。
日本が負けるはずが無い、強く信じる光景だったそうで。
B-29と一緒に、戦闘機に乗った兵隊さんが犠牲になる事までは、思いが回らなかった様です。
可哀想どころか、次は俺だと戦意に燃えたそうです。


そこまでしてまで迎撃しても、日本の空は守りきれず多数の犠牲と共に日本は負けました。


今や体当たりは、一まとめに「カミカゼ」と呼ばれ、無駄に兵士を死なせた許されざる命令と
言われています。


生きて帰れぬ作戦に参加した兵隊さんを非難する者よ。

お前に祖国を守れるか?
家族や同胞を守ろうと、矢面に立って戦えるか?


画像1
調布基地 飛行第244部隊
三式戦闘機「飛燕」
慰問で人形を渡される隊員達。


画像2
松戸基地 飛行第53部隊
二式戦闘機「屠龍」
胴体に描かれた矢は、震天制空隊の印。


画像3
体当たりを受けたB-29.



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