在ることが当たり前に思っていたティーサロンがCLOSEしてしまったのです。

昨日、会社帰りに立ち寄り、
母の好きな杏仁豆腐もしくは
マンゴー杏仁を買って帰ろうと
脱力感の中、癒しを求めて
お気に入りの紅茶ブティックへ。
お店の方に、
『こちらの紅茶の茶葉とそちらのものとの違いは…?』
などと、半ばしなくて良い質問をしつつ、私は暢気に
紅茶とお茶菓子に戯れるように選び楽しんでいました。

ようやく本日の一品を選び小さなお買物をしてご満悦な私に、
お店の方が、
『今日でサイゴなので、サイゴの日にお会いできて良かったです。ささやかですが、マドレーヌを入れさせていただきますね。』


私『…?』

私『サイ・ゴ??』

私『サイゴ?ってぇ~?最後?』


お店の方『はい。残念ながら今日をもちまして、こちらのブティックは閉店することになりました。……』

ショックのあまり、だだっ子のように何故なの(?_?)と顔一杯で表現してしまいました。

気を取り直し、
いつも癒しの空間としてお茶を
おもてなしくださった
愛らしい小顔のお店の方に、
『お姉様のこちらで一番お気に入りの紅茶は何ですか?』とうかがいました。


お店の方のお気に入りのブレンドティとライチ紅茶を思い出と感謝の気持ちをこめて購入いたしました。


別れ際に、
『いつかまたどちらかでお会いできますように☆』
とお互いに言い、笑顔で気持ちを明るくお別れしました。


急な閉店で、お店の方も悲しい思いをなさったでしょうと
心が苦しくなりました。


帰宅して、母も
ただひたすら、
『えェ~へ~~ェ~』と
悲しんでいましたが、、、


突然、
在りつづけることに何の疑いもなく思えていたものを失う、
予期せぬ事態が起こり、

様々な面で自分の当たり前に思う環境を見つめなおす
如月~弥生への移ろいでした。



 merci☆
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春の陽気が心地よい日々が続いていますpink and black-20091021221214.gif
 
先日、嬉しいことがありました。
 
年配の男性のお客さまA氏に初めてお会いしたのは、三ヶ月前。
 
初対面でのA氏の卑屈な言葉に
多少なりとも傷つくと同時に
いつかA氏の笑顔を見たい!と闘争心ともいえる思いを抱きました。
『私の言葉や笑顔を通して、A氏の心に今は届かなくても
いつかきっと真心を通わせることができるはず!!』
 
真心で接することは、
お客さまに接する際の、ある種の私のこだわりでもあります。
 
 
私がお会いするA氏は、“A氏”の一部分でしかありません。
私の知らないところで、もしかしたら、
辛いことがあったり、
淋しいことがあったり、
嬉しいことがあったり、…
その人を一面ではとらえることはできません。
 
卑屈な言葉は、
A氏の心の現れでしょうか。
 
三ヶ月を経た先日、A氏から
『あなたがいるときにまた来よう!このMcDonald'sのチケットすぐにポケットにしまいなさい。』
と相変わらずの上から目線の口調で言われました。
 
可笑しすぎて思わず笑ってしまいましたが、
私はこのA氏というお爺さんの
あきれるほど強がりな態度の中に、小さな温かい心を確かに見ることができ、
飛び上がりたくなるくらい嬉しかったのでした。
 
心が痛んでいるときに、
誰かがその痛みに気付いて温かい心で覆ってくれたとき、
心は安心して少しずつでも癒されていきます。
 
私こそ、A氏の高飛車で卑屈な言葉をバネにしていたのかもしれません。感謝pink and black-Image0491.gif
 
 
心をひらけるって素敵なことですねpink and black-emoji_040.gifpink and black-emoji_066.gif
 
 
McDonald'sにいつ行くか、
何だかワクワクしちゃいますpink and black-o0020002010367423420.gifpink and black-emoji_071.gif
 
 
 

 
私の好きな曲pink and black-emoji_040.gifpink and black-emoji_072.gif
 
キャロラインの“ pink and black-emoji_300.gifink & pink and black-emoji_286.giflack ”
 ↓ 
 
 http://www.youtube.com/watch?v=zzp3xxtUCqY&sns=em