美と醜のはざまで
最近、ひょんなことからある人形のジャンルを知った。単に目についた本の表紙をその人形の写真が飾っていただけなのだが、「顔は美しいのに体が醜い」造形がどうも気になった。そのあまりにも相反する痛々しさ、奇妙さには一種の恐怖をも感じた。
個人的には美と醜、あるいは恐ろしいものは切り離して考えたい方なので、なぜこんな表現がされているのかどうも理解できなかった。他の特集記事は恐ろしすぎて目を通せる代物ではなかったが、とりあえずこの表紙の人形だけは芸術作品として気になった。
なので怖いものみたさでこのジャンルについてネットで調べてみた。
…。( ゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
……。(;゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
_, ._
………。(;゚ Д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
スポーン…( Д ) ゚ ゚
…。
……。
怖い。
こんな世界もあるのか…。
まだまだ甘かったようだ……。
何というか、中には普通の表現のものもあるのだが…結構な数の人形が怖い。大半の表現がグロテスクなのはもちろんだが、顔がリアルな分シュールさを感じないので余計に怖い。異形の存在である。不思議なことに最初に本の表紙で見た作品が、これはまだ美しい表現なのではないかという錯角に陥る程の衝撃を受けた。
現実には存在し得ない、ある意味残酷なファンタジーなのかもしれないとも思う。しかし「こ…この表現いいのか?」と首を傾げてしまうものもしばしば。ただ作者がそれを意図して作っていることを考えれば、ここで感じる恐怖はいわゆる日本人形等に感じるえも言われぬ恐怖とは全く質のことなる、表面上の恐怖であるとは思うが。
あえてネットで作品を閲覧した人形作家については語らないが(これを美しいと感じる人もいるので)、少なくとも私にとっては「行き過ぎ」に感じられてならなかった。これがただ静かに佇んでいる、透明感ある「抜け殻」としての死体表現で済んでいればまだいいのだが、明らかに彼・彼女等には意識があり、そこに存在している。ただの死体にもなれず、不可思議なまま止まっており、転がっており、何を伝えたいのかわからないまま佇んでいる。「意識」はないのであろうが、作者のメッセージを発しているその肢体が、痛烈にこちらに迫る。それが不気味さを増長させる要因であろう。全く知識のない人が見れば、悪趣味と捉えかねない(事実私もそうだった)。
作り手の多くが女性であることにも驚いた。かくも残酷な生き物なのかと。ただし彼女達は自分なりの境界線を設けているのであろう、妥協のない創作物には畏怖の念を禁じ得ない。
事実これらの作品の展示会も割と頻繁に行なわれているらしく、常設展もあるらしい。異形ともとれる作品群が、アートとして成立しているのだ。
芸術ととるかナンセンスととるかは、二極に分かれそうである。個人的には普通の普遍的なアートとしては見られず、ホラーとしてのアートかせいぜい現代芸術の域を出ないように感じてしまう(もちろんすべての人形がこういう表現なわけではないが。中にはアーティスティックな作品もある)。万人に受け入れられるか、といったら厳しい感じがするからだ。
ただ、遠藤周作の作品にもあるが、相反する物の中に共通する美を見い出すという点では深く、面白いとは思う。あえて一方のバランスを崩す、あるいは破壊してしまうセンスが衝撃的であり、印象的だ。そういう意味では作品として成功しているし、「気にならせた」点で私もまんまとはまってしまったということか。
怖いもの見たさではあったが、確かにジャンルとしては面白かったし、興味深かった。その作品を愛でている人の言う「可愛い」とか「綺麗」というのにはいまいち賛同できないが…。あえて言うなら件の表紙の作品等は「コワ綺麗」…か?しかし見てるといたたまれないというか可哀想になってくるので、直視はできない世界である。
私は所詮、普通の彫刻作品かアニメや漫画作品のフィギュアしか理解できないヲタクのようだ。
↓話題は逸れますが、生と死のはざまというか、相反するものでこういう創り物でない奇跡的な美しい死を体現している方は大好きです。
ttp://www7.ocn.ne.jp/~berna/body.htm
個人的には美と醜、あるいは恐ろしいものは切り離して考えたい方なので、なぜこんな表現がされているのかどうも理解できなかった。他の特集記事は恐ろしすぎて目を通せる代物ではなかったが、とりあえずこの表紙の人形だけは芸術作品として気になった。
なので怖いものみたさでこのジャンルについてネットで調べてみた。
…。( ゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
……。(;゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
_, ._
………。(;゚ Д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
スポーン…( Д ) ゚ ゚
…。
……。
怖い。
こんな世界もあるのか…。
まだまだ甘かったようだ……。
何というか、中には普通の表現のものもあるのだが…結構な数の人形が怖い。大半の表現がグロテスクなのはもちろんだが、顔がリアルな分シュールさを感じないので余計に怖い。異形の存在である。不思議なことに最初に本の表紙で見た作品が、これはまだ美しい表現なのではないかという錯角に陥る程の衝撃を受けた。
現実には存在し得ない、ある意味残酷なファンタジーなのかもしれないとも思う。しかし「こ…この表現いいのか?」と首を傾げてしまうものもしばしば。ただ作者がそれを意図して作っていることを考えれば、ここで感じる恐怖はいわゆる日本人形等に感じるえも言われぬ恐怖とは全く質のことなる、表面上の恐怖であるとは思うが。
あえてネットで作品を閲覧した人形作家については語らないが(これを美しいと感じる人もいるので)、少なくとも私にとっては「行き過ぎ」に感じられてならなかった。これがただ静かに佇んでいる、透明感ある「抜け殻」としての死体表現で済んでいればまだいいのだが、明らかに彼・彼女等には意識があり、そこに存在している。ただの死体にもなれず、不可思議なまま止まっており、転がっており、何を伝えたいのかわからないまま佇んでいる。「意識」はないのであろうが、作者のメッセージを発しているその肢体が、痛烈にこちらに迫る。それが不気味さを増長させる要因であろう。全く知識のない人が見れば、悪趣味と捉えかねない(事実私もそうだった)。
作り手の多くが女性であることにも驚いた。かくも残酷な生き物なのかと。ただし彼女達は自分なりの境界線を設けているのであろう、妥協のない創作物には畏怖の念を禁じ得ない。
事実これらの作品の展示会も割と頻繁に行なわれているらしく、常設展もあるらしい。異形ともとれる作品群が、アートとして成立しているのだ。
芸術ととるかナンセンスととるかは、二極に分かれそうである。個人的には普通の普遍的なアートとしては見られず、ホラーとしてのアートかせいぜい現代芸術の域を出ないように感じてしまう(もちろんすべての人形がこういう表現なわけではないが。中にはアーティスティックな作品もある)。万人に受け入れられるか、といったら厳しい感じがするからだ。
ただ、遠藤周作の作品にもあるが、相反する物の中に共通する美を見い出すという点では深く、面白いとは思う。あえて一方のバランスを崩す、あるいは破壊してしまうセンスが衝撃的であり、印象的だ。そういう意味では作品として成功しているし、「気にならせた」点で私もまんまとはまってしまったということか。
怖いもの見たさではあったが、確かにジャンルとしては面白かったし、興味深かった。その作品を愛でている人の言う「可愛い」とか「綺麗」というのにはいまいち賛同できないが…。あえて言うなら件の表紙の作品等は「コワ綺麗」…か?しかし見てるといたたまれないというか可哀想になってくるので、直視はできない世界である。
私は所詮、普通の彫刻作品かアニメや漫画作品のフィギュアしか理解できないヲタクのようだ。
↓話題は逸れますが、生と死のはざまというか、相反するものでこういう創り物でない奇跡的な美しい死を体現している方は大好きです。
ttp://www7.ocn.ne.jp/~berna/body.htm