さっきの続きですが・・・

2時間前までの自分は、「楽しかった思い出を回顧する大人」に対して憤慨してたわけなんですが、これじゃああんまりにも見方が一方的過ぎます。

あ、「青春」に対しての話、です。

そうじゃなくて、その時間の中で色んな意味で学べた事があったから思い入れがあるんじゃないか・・・とも思えるんです。

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それでも、ねぇ・・・。

そうやって学んだことを取り入れた結果が、この、社会かい?

そりゃちと理屈が通れない。

それとも、その学んだことってのが「社会に従属する道」を選ばせたと?

それは、ムジュンしてる。

だってさ、社会放り出されるにあたっての選択に直面する前に、一回選択してるはずなんだよ。

大人になるまでの8年を、どうするかって。

そこで「青春する道」を選んだってのは、選んだって言わないさ。

みんながそれを選ぶから、大人がそう言うから、要は、楽してんだよ。

楽をするからいざ、20年目の選択をするって時に、それ自体に気づかずに、示された手頃な道を選ぶ。

こうして、個が薄れていく。

このエンディングを回避したいから、「青春」をとことん嫌うのさ。

何が人をそうさせるのか?

そして回避する為に何をすればいいのか?

これを知ることがこっちのやりたいこと、ってわけだ。

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ちょっと、口調が変わりましたが、自分の主張をしたい時には素のままが一番話しやすいものなので。

またちょっと、スッキリできました。

もう眠いので、寝ます。
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「青春」

、ってわけだけど、自分はこの言葉が嫌いだ。

たぶん、大人が使うこの言葉に込めてる意味っていうのは、高校(や大学、ともなるけど)の狭い空間の中で・・・

・・・うーん、中坊のボキャブラリーからいい言葉が出てこない・・・。

あ、

「ハジけた」

そう、「ハジけた」思い出ってのがあるんだと思う。誰かに聞いたわけじゃないけど。

本とか、音楽とかで、大体「青春」の描写って、「ハジけてる」ことしてんなぁ~っていうのをよく見る。

そりゃ、楽しいだろうな~。

「このトシでしか出来ないこと」、やったら楽しいに決まってるもんな~。





けど、

この社会に放り出されるまでの20年ですることって、そういうことじゃないと思う。いまのとこ。

この20年で与えられる時間とお金(うぉっと、これは親からもらうものだけど)は、「青春」に、「ハジける」為に使うんだと誰かに言われたわけじゃないはずなのに、"僕ら"はこれに費やしてしまう・・・

そりゃ勿論、言ってる人がいるからだ。



大人。



「いつかは身を固めなきゃいけない時がくるんだから、楽しめる内に楽しんでおけよ~」
「いいわね~、若い子って・・・あたしもあの頃に戻ってみたいわ~」

人が必死こいてる隙間に、入り込んでくる群体的な意識。

こういうのを、確か「回顧主義」とでも言うんじゃなかったけか。

すると、"僕ら"は後悔しないように、言われたように「青春」を高らかに謳歌するわけだ。


言っちゃ悪いけど、洗脳に近い。


そうじゃない。"僕ら"にはやること・・・じゃないや、やりたいことがある。

「青春」、ではなく。

要は、その場限りのような時間とお金の使い方をしたくないんですよ。

ケチですから、自分。

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・・・と、いうのが、今日の風呂でバスタブに浸かっていた時までの自分の考え方でした。

布団にもぐってる今はどうかと言うと・・・結局考えてることは変わんないですけど。

ただ、「青春」に一方的な見方しかしてないなぁ、というのに気づいたもんなので、
また考え直しただけのことです。

ここで一旦切ります。

偶然このページにたどり着いた方に、これ以上気を悪くしてもらいたくないので。
眠い。

けど、寝れない。

何かが、頭の中でモヤモヤしてる。

元々は単純な考えたちだったのに、もう何を考えたいのかもわからない。





けど、それじゃあ困る。

じゃあ、どうする?

紐解いてくしかないんだろう。

この、まったくの無縁だったツールで。




別に、誰かに聞いてもらいたいわけでもない。

じゃあ、日記を書けば・・・と思うけど、ノートを広げて、シャーペン持って、さぁ、書くぞ・・・って、そうかしこまって書きたいわけでもない。

なんか、いいと思った。この手軽さ。

ツイッターだと、逆にタイムラインに飲み込まれそうになるし。




こうやって書いてて、少しだけ、すっきりした。

けど、もう本気で眠い。

またなにかを語るのは、テストが終わってから・・・。