頭上のお宝 -127ページ目

Gikuri Goshi in 流星号

 天体撮影とまったく関係ないのでぎっくり腰の痛みのわかる方だけ読んで、同情してください。

 お金は要りません。

 それは、確か・・・、昨日の朝。(ぎっくり腰やなくてホンマのボケやないか)
仕事上の一本の電話が始まりだった。(モッタイ付けんと早よして)
 土曜だから当然遊びの内容かなと思い、電話に出ると、システムの決算期の変更をしてくれとのこと。一応今月30日(金)仕事終わりに予定していて、こちらのPCからリモートでも変更は出来るのだが、社長が一日会社に居るとのこと。30日だとおそらく一人ぼっちの作業になる。
 社長が居れば、バカ話でもしながら楽しくできるので行くことにした。

 すべてはそこから始まった。(ほんと、じじぃの話は前置きが長いねん)
そのあと起こるであろう悲劇を この時、山口のじぃは知る由もなかった。

                 (ホンマ、怒るで !! )

 さぁ、車を出しに車庫へ行くと、無いっ。ラクラクFREEDが無いっ。経理のミヤちゃん、と言っても山口のじぃの奥さんですが。が買い物に使っていた。そう言えば朝、食事中に言っていたような。

                 (もう始まっとるやないか、2時間前の事やぞ)

 まっ、柳井市内なので、近いので流星号で行くことにした。そもそもこの皇座山専用スズキALTO流星号はマニュアルミッションなので、皇座山は楽々FREEDでも良いのです。しかし、皇座山頂への道が結構なワインディングロードになっておりまして、コーナー入ってからの加速時FREEDだと、かったるいのと、ギアを一段、落としてのキビキビ感が楽しいので皇座山へは流星号となっております。

 話は戻って、流星号に乗り、いざ出発。県道に出ようと一旦停止。左右確認の後、ローにて発進。動いて直ぐにセカンドギアに、と、クラッチを踏みこんだ時、腰の真ん中少し左あたりで、パリッときた。

 あら~ッ、来たか~ッ!?と、公民館の駐車場へ退避。降りてみるのが怖かった。今の姿勢のまま一生過ごせるならこのままで居たかった。
しかし、そういうわけにもいかず、症状を確かめるためにゆっくりと降りようとした。いかん、こらいかん。今まで何度か腰はやっているが今回は、いかん、とにかくいかん。

(わかる、わかるって、わかるかぃッ!!「いかん」しか言うてないやないか~ッ)

 すぐさま客先へ電話。社長は大笑い。く、く、クソ~ッ。人の不幸を。

 人生で何度目だろう。ぎっくり腰。久しぶりだ。ぎっくり腰。初体験(ぎっくり腰)は、製紙工場でのアルバイトの時だった。

 学生時代バイクにはまり、今は死語のナナハンライダーだった時、昼夜逆転の生活とアルバイトに明け暮れていた。やがて就職が決まり、普通の朝起き生活に戻るために学生時代最後の春休み、製紙工場でのアルバイトをした。

 今までとは打って変わって、おっさんばかりの職場。女性がいても、おばちゃんだけ。しまいには一番若い40過ぎのおばちゃんに恋をしそうになったぐらいだ。

(人間の環境順応性とはすごい。言うてる場合か)

 見事、そのバイトによって、昼夜のリズムを正常化することができた。
朝8時には工場に入り。10時のサイレンで休憩。12時のサイレンで昼食。3時のサイレンで休憩。5時のサイレンで終了。

 自分の中に徐々に、普通の社会人に成れる自信が芽生えてきていた。

(で、ぎっくり腰の話はどこ行ったん?)

 その工場での私のやることは、機械から飛び出てくる段ボールの板を両手で受け止める。すると、ストンと足元のパレットに落ちる。
 そして、ある程度たまったら、機械の向うに居るおじさんが機械を止めて二人で溜まった段ボールを横の台へ、よっこらせと移動する。

 相手は段ボール。なめたらいかんぜよ。これが結構重い。バイト初日におじさんから、どんなに急いでも両足で踏ん張ってから持つ。両足で踏ん張れないときは持つな。と言われていた。

 小川さんだったかな、そのおじさんの移動時の姿が、チャップリンがステッキを持って横歩きする姿に似ていておかしかったのを覚えている。
 今にして思えば、常に両足の間に腰を置いておく必殺の構えだったんだ。そんな事とは、若干、二十歳そこそこの若者には知る由もなかった。

 せっかくのおじさんの助言もむなしく、その時がやってきた。準備体操が終わって朝礼。体操が終わると、バイトは自分の担当機械のところで待機。バイト残りあと3日。

(ギックリ腰まであと7時間。その時歴史は・・・、動くかいッ)

 普段は、「おぉ」、「あぁ」しか言わない超無口なおじさんが、なにやらブツブツ言いながら戻ってきた。今日は忙しくなるそうな。

 事件は3時の休憩が終わった後に起こった。

(チャッチャッチャ~ン♪チャッチャッチャ~ン♪)

 段ボールが溜まるたまる。移したと思ったら、スグ機械が動く。スピードに関しては若い体はいくらでもついていくことが出来た。しかし、一瞬、アラヨッという慣れ根性が顔を出した。パレットから移す時に、気持より先に足が移動先に向いていた。見事、腰が両足の間に無いにも関わらず、グッと力を入れた。

 パキッ。エッ!? 。金属音。エッ?自分の体の中から金属音!?

 山口のじぃ、いや、その頃は 大阪の若だね。は、その場で四つん這い。動けない。若い身空で四つん這い。広い工場の真ん中で、四つん這い。世界の中心で、四つん這い。

 段ボールを持とうとしていたおじさんは、何も言わずにどこかへ走って行った。チャップリンではなく、普通に走って行った。

 その走る姿が尋常ではない状況を物語っていた。

(どこまでドラマチックやねん)

 わたしは、なんとかかんとか横向きになり、四つん這い態勢を脱出していた。おじさんは直ぐに事務員さんと一緒にストレッチャーを持ってきた。

 おじさんにはまだ何も伝えていない。四つん這いを見せただけだった。惜しげもなく見せた恥ずかしい姿から、すべてを察知したおじさん。
その年、定年を迎える予定のおじさん。
超無口で「おぉ」と「あぁ」しか言わなかったおじさん。
緊急事態には行動あるのみという男の姿を見せてくれたおじさん。

本当にありがとう。 

(なんでやねん。なんで感動できんねん。ぎっくり腰やろ)

バイトは基本保険なしだが、総務の方の尽力で、労災あつかいで病院代と残りのバイト代を出していただいた。
 これも、おふくろの「メーカー品が一番や」に準ずることかも。

 その日の帰りがひどかった。工場は枚方。自宅は大阪市内旭区。バイクを置いていくよう勧められたが、座れるかどうかわからない電車より自由度の高いバイクで帰ることにした。普段の裏道は使わず素直に1号線をチンタラと、まわりの車と同じ速度で帰った。

 当時乗っていたバイクがヤマハのTX750。シャフトドライブになるGX750の前のタイプ。2気筒ロングストロークから出る音が最高のバイク。ツーリングに行くとみんなが後ろに付きたがるぐらい音が良かった。

 帰りに2度、白バイとパトカーに停められた。私が警官でも停めたと思う。
その時のTX750は一文字ハンドルでガソリンタンクと幅がほぼ同じ。通常はシートにまたがり前傾姿勢で乗る。しかし、ぎっくり腰のため背中を曲げることが出来ず、ガソリンタンクにまたがった状態で、膝頭の少し上あたりにあるハンドルを握って膝を開いてボーやん状態で走っていた。正統派ツーリングライダーとしては情けない乗り方である。警官には都度、状況を説明するもニヤニヤして笑われただけである。免許証だけならまだしも、当時はこの手のバイクを乗っていると、車検証の提示をよく求められた。車検証はシートの下。開けるのに引き上げる力がいる。警官に頼むと、拒んでいるように誤解され、怪しまれ、余計に時間がかかり腰が痛んだ。

 就職先の本社研修が一週間後にあったが、ドラマチックなギックリ腰も治り、無事社会人としてスタートをすることができました。

 その後も、くせになったみたいで、ぎっくり腰は何度か経験しておりますが、そういえば、腹筋を鍛えてからはまったく調子が良かった。ここ数年腹筋運動をしていなかったなぁ。

 皇座山と言う宝の山を知ったからには、腹筋運動再開しましょうか。

その前に。「お~ぃ、ミヤちゃ~ん、腰揉んで~っ」 (腹筋わぇ?)


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