高校生・続々

引き延ばすほど、高校生活は充実していないし、思い出も無いが、最後に書きたいことを書いていく。

まず高1のときは、勉強(興味がある分野)をしていた。高校受験の2次試験がひと段落した4月くらいから、10月に骨折するまで、約半年続けた。そのおかげで、高1のときは良い成績を修めることができた。本当は勉強のおかけではなく、周りの校内の生徒がみんな勉強をしていなかったからだ。みんなスマホをいじり、ライブとかの話で盛り上がっていた。学年で2番目の生徒は、部活で好成績を残しているかたわら、大会や練習で忙しく授業に出られない人だった。この生徒が凄いのは認めるが、私達より多忙で学業に専念できない人に負けていいのか?と私は強く思った。

そして10月の骨折の件だが、自転車で手放し運転をした瞬間に体のバランスを崩し、手を最初についてしまったため、手首の骨を折った。痛みは徐々に感じたが、それどうタイミングで視界がボヤけ、意識が朦朧としたおかげで痛みはよく覚えていない。気付いたら、病院に着いていて、腕を人力で矯正したがダメだった。骨に成長線があるとか言われ、よくわからないが手術をすることになった。生憎、骨折した手は利き手だったため、勉強は一時断念することになった。この頃から、勉強をしている時だけ、現実の体験とか思い出(嫌な記憶などのフラッシュバック)が起きなくなっていた。しかも勉強しなくても、ただボーッと頭の中で暗記した教科書の問題などを解くこともできた。たぶん、集中力がついたのだと思う。だが今回の骨折で、手術に対する恐怖心でフラッシュバックが再発してしまった。利き手が使えないため、勉強は思うようにできない。頭の中で勉強したいが、"もしも手術が失敗したら"、と起こる確率が低いことを考えてしまうため、集中できない。

結果的には手術は成功し、無事に退院もできた。ただやはり、このときから勉強で培った集中力が、自分の身を守るために過剰に働いてしまって、恐怖心を倍増させている気がする。常に肩の力が入っていて、何か追い詰められているような感覚があった。


高校2年の話は特にない。一応書くと、勉強をしなくなったのは2年生からだと思う。理由は、原因は忘れたが親と喧嘩したこと。その時、ご飯を3日間食べさせて貰えなかった。このとき自分の中で、手術の時にできた異常なまでの自己防衛の意識に、より一層強度な防衛本能が産まれ付いてしまった。たぶん、空腹によるストレスでパニックになってしまったのだと思う。今でも2日間くらい断食すると、マイナスな思考に陥り、希死念慮が強まる。この体験から勉強しなくなった。明確な理由ではないことはわかるが、脳が自己防衛に容量を多く割いているせいで、勉強に使う「考える」容量がないのだと思う。この後、大学を中退してしまうのだが、その一部にもこのようなことが起きたかもしれないと実感がある。


高校3年は、2年から勉強をしなかなった影響で、成績は当然悪くなった。ここでまた、ゲームに逃げることになるのだが、今度はゲームからも見放されてしまった。言い方を変えると、ゲームを楽しめなくなっていた。友達に誘われてゲームをしたのだが、楽しくない。自分でも何が何だかわからず、戸惑ってしまった。中学生の時はあんなに楽しかったのに、今はなんか視野が広がったせいか、没頭できないというか、心がゲームのなかに没入できない。これが高校受験の次に苦しくて辛かった。こんなことになったのは、勉強をしたせいだ、と思った。勉強なんてしなければ良かった、と思った。こう考えた理由は、勉強を通して現実主義や現実における成果主義な思考を身に付けてしまったから。勉強の中の興味のある分野を知るにあたって、その分野を開拓した人に憧れて、自分も興味のある分野に貢献したいと考えた。これがそもそもの要因だ。ゲームをすると、頭の中で、「あの分野について調べたいな〜。」と考えこんでしまう。これはゲーム以外でも起き、その頭の中のことをしてあげないと、ずっと頭に残る。これが、凄いストレスで、そしてこれが後の大学中退に王手をかけた原因である。話しをゲームに戻すが、中学生以来、ゲームが自分の居場所になることは良くも悪くもなかった。ゲームを裏切った当然の報いかもしれない。確か4歳のときには、すでにゲームをしていた。辛い時ほどゲームに夢中になり、ゲームが唯一の心の支えだった。それが今は、現実主義な思考のせいで、ゲームで何をしようが、起きようがどうでも良く感じる。そのせいで、生きるのが辛い。唯一の支えというか、アイデンティティを失くした。自分が勉強嫌いだったのは、神様が、自分は勉強しないでゲームを楽しみに生きた方が生きやすい、と思ってのことだったのかもしれない。ゲームだけではなく、神様すらも欺いたのだから当然過ぎる罰なのかもしれない。ゲームに打ち込めなくなってから、友達とも話が合わなくなった。面白そうにゲームの話をするのだが、自分にはその気持ちがもう二度と、金輪際共感できることはない。あれほど、好きだったのに気付いたら、なにも思わなくなっていた。嫌いとすら思わず、「ただ興味がない」。この一言。命の恩人に、恩を仇で返した。私が人生の一番の不幸は、高校受験に落ちたことなんかではなく、生きがいを失くしたことなのだ。