先先週の金曜日、ばあちゃん(実家の)が危篤になりました。

パーキンソン病でもう4年入院していて、数ヶ月前には腎不全になったりしていたのでついにこの時がきたかという感じでしたが、覚悟はできていたとはいえ現実は辛い。

膀胱に大きな癌があるらしく尿も出なくなってきてるのであと1,2日かと。

木曜、母と一緒にお見舞いに行った時、めずらしくはっきりしっかり目を合わせてくれた。

数ヶ月ぶりにしっかりとアイコンタクトできた感じ。

何か喋りたそうに口を動かしてた。

お正月あけから点滴だけになり栄養を採れなくなってたので細い細い身体とちっちゃくなった顔。

3年前にはふっくらしていてパジャマもLサイズだったのにな…。

こんなにしっかりと視線が合うことはかなり久しぶりだったので、何だか予感はしていたんだけど。

その翌日に危篤の連絡。

夜9時頃にひいちゃんの実家に子供たちを預けてばあちゃんの元へ駆けつけました。

母は職場から病院へ行ったものの、このまま泊り込みになるから一旦家に帰って必要な物などを用意して戻ってくる、と。

叔母達は県外にいるため、翌日昼頃まで来れない。

子供もいるんだから無理に来なくてもいいからね、昨日も顔みれたんだから、と母は言ってたけどもう勝手に行動してました。

せめて少しの時間でも会いたくて。

見に行ってよかった。

すごく辛そうに肩で息をしててたまに目を見開いてる…。

苦しそうな息をしばらくした後、数秒の無呼吸…お願い!ばあちゃん息して!ばあちゃん!呼んだらまた息がもどってくる。

苦しそうな息をしてる時、このまま逝っちゃうんじゃないかと思って心配で片時も目が離せない。

とてもじゃないけど帰れない。

母が戻ってくるまで絶対この場にいなくちゃ。

1時間半。

おそろしく長く感じた。

一昨年父を亡くし、3年前には祖父が亡くなったけど、死に目には会えず。

死を目前にしている人を見るのは生まれて初めて。

苦しかった。

ばあちゃんの息に合わせて同じように息してました。

母に「お母さん、私には重すぎる…早く戻ってきて。」と電話。

それほどみてるのが辛くて。

母が来て私は帰ったけど気になって気になって眠れない。

子供連れて病院へ行っても長居はできないので迷ったけど翌日保育所行事(餅つき)に参加。

幸いばあちゃんは呼吸状態は良くないけど脈はしっかりしてるとの事。

顔みてると今にも…と言う感じがしないでもないんだけど、生命力ってすごい。

昼過ぎにsyuだけ連れて病院へ。(nagiは旦那とお留守番)

明るい時間だというのと、身内と一緒にいるというだけで随分気持ちが楽になる。

昨晩ばあちゃんと1対1でいたときは本当に辛かったのに。

状態は決して良くはなってないけど。

母を含め娘3姉妹が揃ってばあちゃん嬉しかったんだろうな…と思う。

危篤状態になってから3日半も生きてくれた。

心臓が強いのか、なかなか逝けなくて苦しい時間が長かったらかわいそうだとも思いながら顔をみてたけど、叔母2人は年に1,2回しか会えなかったし、皆の声が聞こえて嬉しくて心地よくて、「もうちょっと、もうちょっと」って頑張ってたようにもみえたよ。

16日月曜の午前3時前に亡くなりました。

娘3人に看取られながら。

ばあちゃん、幸せな亡くなり方だったのかもね。よかったね、ばあちゃん。

心の準備はできていたとはいえ、力が抜けました。

哀しみ、というよりも喪失感かな。


ばあちゃんの話をブログに書くなんておかしいか、と思ったんだけど、自分のためにも記しておきたくて書きました。