泣き言の続きです。
ピアノ1-1は12月のスクーリングを受講しました。
苦手なものを早く何とかしてしまおう、という発想がまずかったのかもしれませんが、1年で教職免許を手にしたいと焦っていたこともあって、ピアノ1-2は1月から2月にかけてのスクーリングを受講しました。
弾き歌いは「赤とんぼ」
ソナチネアルバムは、15番のベートーベンのト長調のソナタの第1楽章にしました。今、思うと、これが間違い?いや、間違ってはいない、けれど、不合格の一番の要因でした。
私にはベートーベンは手に余る、ということだったわけです。練習期間が3ヶ月あれば何とかなったと思うのですが、1ヶ月弱で、弾き歌いとベートーベンは、今思うと無謀でした。
でも間違ったとは思いません。レベルの高い、中身の詰まった名曲はいくら弾いても飽きないし嫌になりません。チャレンジは正解でした。でも、練習期間を見誤った。
年が明けたら、仕事も過密スケジュールでした。「働き方改革ってどこの国の言葉?」って感じです。
1月、2月の二ヶ月で、スクーリング3つ(ピアノ1-2、合唱、音楽科教育法Ⅰ)。スクーリングに行くために毎日残業3時間、その後、ピアノの練習1時間。
スクーリングへ行った以外の休日は全部休日出勤。
2月下旬までその状態が続き、過労で死ぬ・・・かも・・・と思ったら、コロナウイルスのおかげで突如開店休業状態に。体は楽になりましたが、勤務先が倒産したらどうしよう・・・。
うーん、確かに社会人しながら通信制の大学に行くのは大変だ、と、今更ながらに納得。
東京のスクーリングを受講したのですが、スクーリング当日はもうろうとしながら始発の新幹線に乗ってスクーリング会場に向かい、帰宅は10時、11時。(翌日は当然朝から仕事)
体力、気力をふりしぼって先生の指導を受けましたが、苦手なピアノをその追い込まれた状態で何とかしようというのは無理?虫がよすぎた?
行くだけで精一杯の3日間(東京まで日帰りしました)で、心も体力も限界の状態では、弾き歌いもベートーベンも思うように腕は上がらず、試験で撃沈。
弾き歌いも、ベートーベンも両方、まともに弾けなかったから、何とかなる訳がありませんでした。
でも、スクーリングで一緒になった人のほとんどが、「え?ピアノって落ちる人、いるの?!」って感じでしたから、受かるかも~~~と淡い期待をしたのはアホでした。あの出来で受かるわけがない。芸大の通信制で学ぼうという人は、当然ある程度ピアノが弾ける人がほとんどなんですよね。
今更ながら、ピアノ1-2の試験の後、採点官のピアノの先生が、なんともいえない表情をしていたのは、私のそれなりの努力を哀れんでのことなのだなあ、と気が付いて、余計に泣けて来ます。
ああ、こんな結果になるなら、スクーリング途中でやめて交通費だけでも浮かせばよかった、なんてセコいことを思ってしまいますが、不合格ということは、もう一回、スクーリングの受講料と交通費(これが痛い)を払わなければならないということですね。
泣きっ面に蜂
でもね、私、本当に頑張ったんです。これ以上、頑張る余地が無いぐらい頑張ってスケールも赤とんぼもベートーベンも練習しました。練習量は、スクーリング参加者の誰にも負けないぐらい弾いた自信はあります。1月1日からスクーリング修了の2月11日まで、一日も休まず毎日最低30分、やれる日は3時間、、4時間、練習したんです。(社会人としてはそうとう頑張ったと思います。学生さんなら自慢する練習量ではありませんけどね)
ベートーベンのソナタにチャレンジしたことも全然後悔はありません。
でもね、切ないんです。不合格 という現実は。
ここで、投げ出したらそれはだめでしょ、というわけで、心機一転・・・そんなさわやかな心境ではありませんけど練習再開しました。
また、スケールと格闘する日々をスタートさせました。今度は絶対合格する。ベートーベン
のソナタも暗譜するまで頑張ればなんとかなるでしょう。
と、思いながら「赤とんぼ」の練習をすると、曲が曲だけにまた悲しくなってきてしまいます。
まけないもん!!
最終的に気が付いたこと2つ。
・ここから頑張ったらそれが、本当の努力。
・不合格 ガーン、と悲しみに浸るまもなく攻めてくる、仕事、雑用、これって人生の救いなんだな。落ち込んでいる暇をくれない仕事様にカンパーーーイ🍸