Hate won't win (憎しみに勝利はありません) | 空きびんに花いちりん~心の寄せ植え

空きびんに花いちりん~心の寄せ植え

心理臨床の現場と花壇と畑とその辺の野山に寄り添って

心のいろんな面、あり方を知り受け入れるシリーズに横入り
久々の英語の引用です

Hate won't win   (Alana Simmons)

憎しみに勝利はありません (アラーナ・シモンズ)


アラーナさんは先週のチャールストンの教会での銃撃事件で犠牲になったダニエル・シモンズ氏のお孫さんです

前置きになりますが、この記事は
犯罪の被害者やいじめ、虐待などの被害を受けた方々に
今回の事件の被害者の遺族と同じような反応を、、、と呼びかけるものではありません

公の場には出ないいろいろな思惑もあるはずですし
歴史的、文化的、社会的背景の違いも大きいのです

被害を受けたときの反応に
どれが正しいとか優れているとかいったものはありません
人それぞれ、置かれた場所も立ち位置も歩む道も違うのです

ということを理解していただいた上で、、、、


この週末、インターネット上で、事件の二日後に犯人の保釈審判の公聴会の様子を伝えるBBC(英国国営放送)のサイトに行き当たり、その動画を見ました

加害者は裁判所には出頭せず、拘置所からビデオ・モニターを通して出席しました
加害者には公聴会の映像は送られておらず、音声だけが聞こえるという設定

会場には加害者の姿がスクリーンに映し出されていました

会場には遺族が出席
一家族ずつ裁判官の呼びかけに応じて希望した家族は
スクリーンに映る加害者に話しかけます

そのときのアラーナさんの加害者に向けた言葉の一部がHate won't winです

何も言わないことを選んだ遺族もいましたが
発言することを選んだ遺族の言葉は
深い悲しみと衝撃、亡くなった家族への思いとともに
加害者への思いやり、許しを伝えるものでした

これにはアメリカの社会の深い事情が背景にあると思いました

憤りや悲しみを
復讐や暴力につながる行動や言葉にすれば
社会全体を巻き込み
血で血を洗う傷つけ合いになることを
何世代にもわたって経験し骨の隋まで知っている人たち

憤りや怒りが無いわけではない
けれども
その矛先を暴力そのものとの戦いに向ける

暴力や憎悪に屈服しない

私たちには感情があります
また、体感というか感覚というか、
出来事に対しての自然な神経、筋肉、生理的な反応もあります

そして意志というものも


遺族の方々は
これからもさまざまな感情や感覚と向かい合い生きていかれます
中には激しい怒り、憤り、恐怖もあることでしょう

その苦しく厳しい歩みを
「憎しみに負けない」という「意志」にすがり
それに支えられ、導かれていこう、という決意を感じました

「憎しみに負けてはならぬ、
それ以外に生きる道は無い」
とまで言っていいかもしれません

かっこ付けでもきれいごとでもなく
本当にそうしないと生きていけないことを経験しつくした人たちの言葉だと思いました
憎悪の持つ破壊力を肌で知っている
その危機感に裏付けられているように思いました

事件を受けての集会の動画では
We Shall Overcome(私たちは勝利する)の歌声も聞かれました
憎しみという現実に向かい合って、それに屈服しないということが
本当の勝利であり、その歩みを強くしようという決意のようにも感じられました


(これも蛇足の老婆心かもしれませんが
決意、意志と感情や体感とはお互いに交流したり重なる部分もありますが
同じものではありません
赦しの決意によって、すべてが解消、回復するのではありません

赦しや慈愛にそって生きる上にも
感情や体感の部分へのケアが必要が必要とされる
それには長い時間もかかることでしょう

また、許しの決意、憎しみに勝とうという意識は
必ずしも怒りや憎しみを否定、否認するものでもありません
その存在を認めるからこそ、それに「負けない」と言うのではないでしょうか)





ラベンダーの花言葉の一つ
ゆるす愛