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JAZZと太陽

VINTAGE CLOTHING & JAZZ VINYL & OTHER
千葉県柏市、もちづきのブログです。



久しぶりに大特集を組みます。
未だかつて見たことのないような、物凄い軍用時計が入ってきました。

 

国内にある個体は今ネットなどで確認できるもので、これを合わせて7本。
恐らく推定ですが国内トータル数十本の世界だと思います。
市場にも出回ってこなければ文献自体も少なく、入手が極めて困難な個体です。

 

1940's  Waltham社製 イギリス空軍 リフレクションナンバー 6B/234  通称『Mk.8』

この時計は同年代の米軍の軍用時計『A-11』そのものです。
しかし、納入先が違います。
このA-11は米軍に納入されたのではなく、英軍に納入されたのです。
ただそれだけの違いなのですが、ただそれだけの違いで価値が全く変わってきます。

では、何故英軍が米軍の時計を納入するに至ったのかというあらすじについて辿ってみましょう。


第二次世界大戦の戦時中、イギリス軍には様々な時計が存在しています。
陸軍でいえば、W.W.W.という防水仕様の時計が有名です。
海軍航空隊と空軍の時計、ここが曖昧です。
共通の仕様だったのでしょうか?
共通の仕様だったとして、時計の規格を分けてみると、このようになります。

Mk(マーク).7A (航空部隊)
Mk.11(宇宙飛行士)
Type.H.S.9(クロノグラフ)
G.S(一般用)

の4種類の時計の仕様が標準となっていました。



つまり、イギリス空軍航空部隊の標準装備として採用されていた時計はMk.7Aとなります。

 

(Mk.7Aの技術指導書です。この希少な画像はキュリオスキュリオさんの文献から拝借させていただいております。)

代表的なコントラクターはOMEGA、LONGINES、LECOULTRE、MOVADOなど。
そうそうたるメンツです。
そうして各社はそれぞれ、米軍のようにMk.7の技術書に従って時計を作っていたのですが、
どうやら米軍のそれとは違って厳格な基準が設けられていなかったのか、それぞれの時計は米軍よりも個性がまちまちです。
例えば、ルクルトは米軍にも官給していたウィームスをMk.7Aとして官給してたなんて記録もあります。

しかし、戦争も終盤にさしかかると、軍人一人に一本の、いわば消耗品である時計は納入が厳しくなってきます。
ここで採用されたのがMk.8です。
ただし、これは一つの仮説でして、開戦当時からMk.8は存在していたなんて説もあります。
難しいですがはっきりしたことはわからないです。ただ、前者の方がストーリー的には合点いきますよね。

 


Mk.8は基本、米軍のA-11、それもウォルサム製のA-11を名指しで指定して付けられたコードです。
ウォルサムのA-11は米軍のA-11全体規模の割合で見ても最大の供給量だったので、恐らく過剰供給品が多く残っていたのでしょう。
そのため勿論、Mk.8は殆どがウォルサム製ですが、まれに米軍側で過剰供給になったブローバ・エルジン製のA-11がブロードアローと6B/234、シリアルの刻印を打たれて供給されていた記録も残っています(個体も本当に稀ですが確認できます)。



さて、もう一度今回の個体を見てみましょう。

 

状態のよい文字盤、針です。
納入されたウォルサムのA-11のベゼルはほぼこの形です。
(調べて見つけた個体はすべてこのフェイスでした。)

 
裏蓋には、米軍のコントラクトでなく、英軍のコントラクトが記載されています。
まだコントラクトの入っていない米軍の過剰供給品を納入し後で刻印を入れたものか、
それとも英軍用に作ったモデルなのか。
刻印のタイプは全部で3種類程度あり、これもその一種です。

 
 
手書きブロードアローはMk.8に多い仕様です。
A以下に続く番号は推測ですが、マーク7、マーク8、マーク11といったそれぞれのモデルで共通の通し番号・シリアルのようです。
マーク7の個体にもAから始まるシリアルが記載されています。
市場に流れている個体のシリアルから判断すると、
だいたいマーク7~11の全体の納入本数は15000本近く、もしくはそれ以上です。
恐らく通し番号なので、このシリアルからMk.8の納入本数を推定することは困難です。

 
 
 
 
 それにしても、やっぱり小さいですね。A-11。
僕はA-11を入手したのがこれで二回目なんですが、
やっぱり、1本目の時も小さいなーって印象でした。
 A-17も同じサイズ感ですよね。
正直、この小ささで今みたいな相場がついていると、「うっ」って思ってしまうことはあります笑
それでも、こういった希少価値の高いものは一期一会、出逢ったら買わなければいけないので、、、趣味人の悲しい宿命ですね。。

そういえば、前々回の記事でお伝えしたジラールペルゴのミリタリー。
昨日、取引先のニューメキシコ州を旅立ったそうです。
成田まではまだまだ長い道のりですが、無事に届いてほしいです。そればかりです。
ここ最近で一番楽しみにしているアイテムでもあります。



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米国からの買付に成功し、ベンラス社製のヴィンテージを大量に仕入れることができました。
お手頃な値段でアンティークをご提供させていただきます。是非ご覧ください。


おはようございます。

大分前の話になってしまったんだけれども、
ずっと書こうか書くまいかなやんでいたら、こんな時になってしまいました。
早く書かないと世間では来月号が出版されるころなので、今書きます。

先月、ある有名なファッション雑誌が休刊となりました。
男らしいファッションとはなにか、これを一途に追及していた、ある意味時代錯誤な雑誌です。
しかし、その時代錯誤感が最大の売りでした。
コンセプトは大好きでした。
今の時代、アジアやなんかで簡単に服が作れるし、
使い古したらいつでも似たようなやつが買い変えれる。
流行じゃないやつは『ウケない』、『流行らない』から、着ない。
そんな時代にもかかわらず、自分たちがずっと来ていたいファッション、みたいな、
いわば「筋通った」ことやってる雑誌って、もうほとんどないですから。
そもそも、時世を反映させたことやるのが雑誌だろ。みたいなこといわれたら元も子もないけど。

休刊がオフィシャルで発表されたのはその雑誌内で初めてでしたが、
この雑誌と同時に展開していた直売店が東京の1号店を初めとし、全国一斉閉店したため、
読者の皆さんは腹くくってたんだと思います。

でも、この雑誌の最大の敗因、どんな読者から見てもはっきりとわかる敗因って、
コンセプトを固め過ぎたこと、なんでしょうね。
僕、この雑誌の休刊が決まった後、いくつかの古着屋に足を運ぶ機会があったんです。
そこで話題になったとき出てくる言葉って、
「あ、やっぱりあそこなくなったの?」
とか、
「まあそうだよね」
っていう、予想外に冷ややかな反応でした。
正直、最近の記事は、つまらなかったです。
例えば、アレンエドモンズの革靴の製造工程とか、シューケアの仕方、ファッションスナップ。
でも、それらの記事どれをとっても、「いまわざわざこの特集でやる必要はないだろう」みたいな倦怠感、某雑誌が別刊として出すようなまとめ記事で、新鮮さにかけていました。
最近のとか言ってますけど、僕自身、ひよっこの大学生なのでこんなこと言ったら失礼なんでしょうが、
昔の記事のほうが本当におもしろかったです。
07~09年あたりの記事をアーカイブすると、最高です。
しかし、散々言ってきた後で肩を持つのも悪いですが、最近の記事がつまらなくなってしまった理由として、先ほどのコンセプトって話以外にもいくつかあるでしょうが、これは時代的にどうしても避けられないことだったということで、どうしても挙げておかなければいけないと思います。

当時潤沢にあった古着市場が急速に枯渇している。

古着っていう点にポイントを絞って昔の記事のアーカイブすると、、、本当にすごかった、
本物のヴィンテージと、ディテールをうまく取り込んで独自のものに昇華させたリプロダクションなどが、一つの記事にものすごい情報量で混在している。
当時のヴィンテージウェアで特集が組める、CPO・ユーティリティーシャツのディテール考察が載っている、著名ブランドの年代タグ識別、オールドのミリタリークロノグラフで見開きが作れる。
記事としての存在感は圧倒的です。いま読んでもドキドキするくらいに面白いし、カッコいい。
こんな記事が作れなくなったのはやはり、古着資源の枯渇、レアアイテムの価格高騰でなかなか入手が難しいアイテムになってしまったからなのではないですか。
ましてや古着が、『流行らない』。
そうしてハイブランドで上質なよいプロダクションを紹介する方向にシフトしていく。
コンセプトは固まったままで。
どうしても似たり寄ったりになってしまうはずです。
ファッションでもよく言われるのが、古着は『ハズし』、『遊び』なんですね。
これを雑誌にも言い換えれば、その雑誌から『ハズし』が、『遊び』が消えてしまったのかなって、
どうも小綺麗にまとまってしまったのかなって、そんな気がします。
仕方ないといえば仕方ないのです。
雑誌は広告収入で成り立つわけですから、収入源のない古着をあえてこの出版不況でプッシュしていく必要性がない。
自ずと古着はテンプレートから外れていくのです。

4月からまた、編集長自ら新刊を立ち上げるそうで、こちらに期待します。
今までお疲れ様でした。


時計趣味高じてデスクウォッチにも手を出し始めました。

 70~80年代くらいのSEIKOのパタパタ時計です。
AMPM表示のないちょっと下のモデルみたいですね。
宇宙っぽい、近未来っぽいデザインが流行った時、こんなパタパタ時計たちがバンバン出たみたいです。
腕時計でも宇宙っぽいのありますもんね。

 
 
  

諏訪精工舎ですね。

 

電圧変えれます

 

電熱球が常点灯で頑張ってます。偉い。

 

ブザーっていうのはアラーム機能のことで、

 
頭の黒いところを押してあげると、、

 

にょきっとボタンが出てきてONです。

そういや僕の産まれは大阪で、小さい時、石切さんっていうあっちでは有名な神社に初詣行ったことあるんです。
そのとき祖母に近鉄乗せてもらったんですね。
その時、布施っていう駅から乗ったんですが、そこの電車の時刻を示す掲示板がパタパタ式だったのをよく覚えてます。
あのパタパタってすごい減りましたよね。
まだ残ってるのかな。