いのいちのブログ

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最近は仏教が中心です…。

明日があると限らない現実を現実と見れない逆立ちした考え…迷いを、

顛倒の妄念と言います…。

救われても煩悩は全く変わりませんし、顛倒の妄念も変わりません…。

「三毒の煩悩はしばしば起これどもまことの信心は彼にもさえられず、

顛倒の妄念はつねに絶えざれども更に未来の悪報をばまねかず。」

って存覚上人が言われている通りです…。

人間は煩悩具足ですから、煩悩は減らすことも無くすることもできません…。

 

煩悩が減ると、食欲減退し、不眠になりますし、煩悩を無くするには死ぬしかありません…。

「歎異抄ってなんだろう」にある通り、煩悩は治らない病気であって、

阿弥陀仏の本願によって治るのは死後が暗い心の病です…。

煩悩で悪を造り続けている私たちが、煩悩を無くして助かろうとするのは、

聖道自力の仏教です…。

自力の修行で、煩悩をなくして、仏になろうとすると、三大阿僧祇劫

…無限とも云える期間かかる…ってことは、凡夫にはほぼ不可能…ってことです…。

「設我得佛 十方衆生 至心信樂 欲生我國 乃至十念 若不生者 不取正覺 唯除五逆誹謗正法」

が阿弥陀仏の本願…お約束です…。

平たく言えば「どんな人も 必ず助ける 絶対の幸福に」です…。

煩悩具足で悪しか造れない、真実のかけらもない私たち凡夫を救う方法は…と、

阿弥陀仏が五劫の間、考え抜き、兆載永劫の間、ご修行されて、

凡夫が煩悩変わらないまま救われる南無阿弥陀仏のご名号を造られています…。

煩悩を減らす無くさないと救われないのなら、すべての人は救われないことになります…。

煩悩具足で苦しんでいるすべての人を煩悩そのままで救う

…悪人を救うと誓われているのが阿弥陀仏です…だから悪人正機です…。

親鸞聖人が肉食妻帯をされたのも、煩悩具足のすべての人間が、煩悩そのままで救われるのが

阿弥陀仏の本願であることを、身をもって教えられるためです…。

「まづ当流の安心のおもむきは、あながちにわがこころのわろきをも、

また妄念妄執のこころのおこるをも、とどめよといふにもあらず。

ただあきなひをもし、奉公をもせよ、猟・すなどりをもせよ、

かかるあさましき罪業にのみ、朝夕まどひぬるわれらごときのいたづらものを、

たすけんと誓ひまします弥陀如来の本願にてましますぞとふかく信じて、

一心にふたごころなく、弥陀一仏の悲願にすがりて、

たすけましませとおもふこころの一念の信まことなれば、

かならず如来の御たすけにあづかるものなり。」

って御文章に蓮如上人が言われている通りです…。

煩悩具足…悪の塊…真実のかけらもない私たちが、そのままで救われるといわれるので

不可思議…理屈に合わない…だからカンタンに理解、信じることがでできない

…だからこそ、もっともっと仏教は聞く必要があるんですね…。 *^^)v