いのいちのブログ

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阿弥陀仏は無始久遠…始まりの無い始めから存在して、大宇宙にまします恒河沙数

…ガンジス河の砂の数ほど諸仏を、仏になさしめた…と云われます…。

「十方のもろもろの刹土に於ける衆生と菩薩の中の、あらゆる法報身と化身と及び変化身とは

みな無量寿の極楽界中より出ず。」(楞伽経)…です…。

ですから、お釈迦さまも、阿弥陀仏が仏になさしめたことになります…。

弥陀と釈迦の関係は、蓮如上人の御文章が分かりやすいです…。

「弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師本仏なれば、久遠実成の古仏として」

「阿弥陀如来は、三世諸仏のためには本師師匠なれば、その師匠の仏をたのまんには、

いかでか弟子の諸仏のこれをよろこびたまわざるべきや。」

ですから、阿弥陀仏は、先生…師匠で、三世諸仏、釈迦は、生徒…弟子にあたります…。

「阿弥陀仏は光明なり、光明は智慧のかたちなり」

「いろもなし、かたちもましまさず。しかれば、こころもおよばれず。ことばもたえたり」

(親鸞聖人)

 

阿弥陀仏は色も形もない真理、覚りそのものなので、私たちは知覚することはできません…。

木像や絵像で見かけるような、人間の形をした阿弥陀仏が居るわけではないんだと思います…。

知覚できないのでは困るので、地球人にとっての阿弥陀仏は、木像、絵像で見かける人間の形で

表現し、タコの形の宇宙人にとっての阿弥陀仏はタコの形、エイリアンにとっての阿弥陀仏は

エイリアンの形で表現するんだと思います…たぶん…。

阿弥陀仏は真理、覚りそのものとして、始まりの無い始めから存在していて、お釈迦さまは35才で

仏の覚りを開いた時に、阿弥陀仏の存在を知られて、仏教を説き始められたことになりますね…。

阿弥陀仏は真理、覚りそのものですから、阿弥陀仏が仏教の開祖とは言わないんでしょうね…。

(^┰^)ゞ