これは、まだ若く経験の少ない村長青年が、勘違いしたまま真っ直ぐに突き進んだ結果、思いのほか上手く行ってしまった奇跡のお話です。


村長青年は「ダークサイド」に戻るとテーブルにスコーンを並べ、「これがカフェ売り上げアップの秘密兵器だ」とだけ伝えて従業員に試食するよう勧めた。


案の定、従業員たちからブーイングが飛んだ。どんなにおいしいものかと思って口いっぱいに頬張ったのか、失った口内の水分を補うため無言で走り去るものもいた。


もう一度全従業員を集め、このスコーンが果たす役割について大いに語ったが、分かってくれる人は皆無だった。。


「ダークサイド」にはクッキーやお菓子を作る設備を備えていないためスコーンは外注することに決まった。村長青年は地元の出身ではないためその地で生まれ育った「座蹴郎似社長」に助言を仰ぐ事にした。「座蹴郎似」は全身サッカー日本代表監督にそっくりの一癖も二癖もあるおじさんだ。


座蹴郎似社長は快く村長青年に力を貸してくれた。地元のパン屋さん「売(うれ)無(ない)堂」を紹介してくれたのだ。


その日のうちに売無堂から店主を呼び寄せ、交渉に入った。


「これと同じ味・食感・大きさのスコーンを¥100で卸してください」村長青年がそういうと店主はそれを口に含みしばらく味わった後こういった。


「変わった味ですね。こんなんで本当に良いんですか?」村長青年は答えた。


「これで良いんです」


翌日、売無堂は出来上がったサンプルを持ってやってきた。自信に満ちた表情だ。


「美味しいのが出来ましたよっ」と言って出されたのは希望の大きさのスコーンの半分にも満たないクッキーだった。


村長青年はクッキーを一口食べるとこう店主に伝えた。


「うま過ぎです。もっとまずくして下さい。パッサパサで味もそっけもないのが欲しい。それに、小さすぎるので倍くらいになりませんか?」


同じようなやり取りを何度か経てようやく理想のスコーンが誕生した。店主の浮かない顔ったらない。浮かない顔の店主に青年村長はこう伝えた。


「いいですか、このスコーンはうちでしか買えないように他の店には卸してはいけません。また、貴店でも店頭では売らないでください」


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販売を開始すると、スコーンは飛ぶ様に売れた。カフェラテはマシーン1台ではオーバーヒートしてしまうのでもう一台増やした。


売無堂の店主はと言えば最初の浮かない顔は何処へ行ったやら、いまや満面の笑みで搬入に来る。


しばらくするとレモン味とチョコ味も仲間入りし、その度に売り上げは伸びていった。


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時が過ぎ、様々な改革を実行してきた村長青年はその後、別の部署に異動になった。


移動してしばらくしたある日曜の朝、座蹴郎似社長から一枚の紙が届いた。


どうやら新聞の折り込みチラシのようだ。


開いてみるとそのチラシはこう謳っていた。



駅前のパン屋さん


売無堂


本日リニューアルオープン!!


当店一番人気!!


スコーン  ¥○○○