最初の手術以降、一回も外れていないのが点滴。

この時点で、2か月を超えていた。

 

点滴の大部分を占めたのが、ビーフリード輸液だった。

 

糖質・電解質・アミノ酸などが中身らしく、生命維持の為、大変役に立ったのだろう。

 

このビーフリード輸液は、血管痛がある。

 

生死を彷徨っていた頃は、血管痛が無かった、

多分、血管痛どころを体が感じていられる余裕が無かったと思われる。

 

そう言う意味では、回復が感じられる。

 

熱も出ていたが、37度台や38度前後は、平熱のようになっていたし。

熱が出ている事が、日常になっていた。

 

 

ビーフリード輸液は、入れるのも何時間かかっていた、

気にしないようにしているが、なかなかだった。

 

点滴自体の針も、二、三日しか持たない。

できれば、四日は持ってほしかった。

 

もうずっと、血管は中にひっこでおり、一度で点滴の針を取る注射が成功する事も無かった。

 

失敗した時には、看護師さんも先生も謝ってくれるが、

コノヤロー何て気持ちは、一度も持った事はなかったなぁ。

 

 

点滴が漏れて、腫れて交換もよくあった。

 

 

点滴の針を押さえているシールに書かれた日にちを見て看護師さんが、

「二日しか持たなかったね。」なんてよく言われる事があった。

 

 

点滴でも、看護師さん達に助かったなぁと思った事がある。

 

温めると、血管痛が少し治まった。

 

点滴が刺さっている個所の近くを温めるアイテムを、看護師さんが持ってきてくれた。

 

しかも、冷めたらナースコールすれば、再度持ってきてもらえた。

 

なんだか、血管痛ごときで、看護師さんのお世話になるのも申し訳ない気がしたが、

 

看護師さん達は、何度となく対応してくれていた。

 

 

 

今、コロナ過で、その時の看護師さん達はどのようにしているのだろうと考えてしまう。

 

ボーナスが出ないなんて話も聞くしなぁ・・・

 

今も大学病院、往診先の病院、訪問看護、薬局の配達など、

医療従事者の方々に支えられて生きているものにすると、

医療に関する対策を、一番打ってほしい。

 

お願いします。