2017年1月26日、転院の日。

 

これで大学病院での化学放射線療は終了。

 

本来の予定では治療が終了して退院。

 

 

でも自分はそうはならず。

 

理由は食事が口からまだ取れないから。

 

人によって治療による後遺症は異なる。

 

自分が弱いのか?副作用は強く出たのか?

 

 

どちらにせよ放射線治療による炎症で喉と口内はボロボロで食事が取れない。

 

 

事前に沢山の中咽頭がんのブログを読ませてもらったが、

その中には転院する方はいなかった。

 

きっとたまたま読んでいない、出会わなかったのだろう。

 

こういう人が居た事はブログに書いておくのは良いのかも?

って今は思えるが当時はそんな余裕は無かった。

 

 

さて、話を転院に戻します。

 

 

転院先には午前11時までに、

入院手続きをする様にと言われていた。

 

 

看護師さん達に挨拶して大学病院を立つ。

 

 

車椅子で久しぶりに外に。

 

外気の冷えが心地よい。

 

太陽の光を浴びるのも久しぶりで

こんなにも眩しいものかと感じた。

 

 

 

父親の運転する車に乗りこむ。

 

車が動き出して直ぐに異変に気が付いた。

 

「僅かな揺れ車でも、気分が悪いガーン

 

一時間の移動中車、早く着かないかをずーーーと考えていた。

考えると、時間は中々過ぎてくれない笑い泣き

 

転院するなら、

近くの病院にすれば良かったと後悔。

 

ようやく転院先の病院着いて、

入った個室は、3畳ぐらいの部屋だった。

 

古いカプセルホテルのようで、部屋のほとんどをベットが占めている。

 

個室料金は5千円ぐらい、

前の病院よりも4千円下がった。

 

そうこうしているうちに転院先の新な先生が来て話があった。

 

 「耳鼻咽喉科はこの病院にはありません。

(嘘だろう・・・・)

 

  専門ではないので(肝臓内科の先生との事)、

 

あなたの癌の事は分かりません。

 

  食事、運動機能のリハビリを行います。

  食事が取れるようになったら退院です。」

 

耳鼻咽喉科が無い事は初めて知って、一瞬不安になったが、

癌の治療自体は、終了している。

 

食事が取れるようになれば退院は、

シンプル、

 

それこそ転院の目的であり、短い期間でこの病院を退院する事を目指そう考えると、不安は無くなっていった。

 

 

後日分かったのが、

病院の受付から病室までの移動での出来事。

 

カートに荷物を乗せて両親に運んでもらったが、保険証やら色々な書類を

通路にぶちまけながら、行っていたみたいで。

 

数日後に保険証などが落とし物として届いた。

 

しかし、何点かの書類は戻って来なかったえーん

 

その戻らなかった書類の中には、元の病院の歯科宛ての紹介状もあった。

 

両親ともに70前なので、老いているのは分かっていた。

 

大事な保険証などを落としながら移動しているのは、

頭の方の老いも始まているんだと、

気が付いたのはもう少し後の事だった。

 

 

とりあえずこの日、

大学病院を出ててリハビリする為に

転院した。