こんにちは。今日は有休をいただいたので、のんびりと書かせていただきます。あ、あけましておめでとうですね。今更って感じですが、今年もよろしくお願いします。さてさて、仏教の話というと、どこからすればいいのかと思いますが、これが「これだけやっとったらええ」ってもんじゃないんですね。だからと言ってチャート式のようなものでもない。実践、といっても、瞑想とか、特に時間を設けてやるもの、以外に、日々を意識的に過ごす、ということが、もちろんベースとなります。心理学と関係したところでいうと、内観、というか、観ていくこと、この力が養われると良いように思います。人間、何に苦しむのかというと、仏教的に言えば、色々とありますが、一つには「妄想」これに苦しむと。
そして、その妄想が組み立てられるもととなるのは「感覚器官」の存在です。六根といいますね「眼耳鼻舌身意」そしてそれらが触れるのが六境「色声香味触法」という対象になります。即ち、感覚器官が対象に触れ、感覚が生じ、そこから感受、知覚、思考が生まれ、それが妄想となるのです。何を観ていくのかというと、妄想となってからでは遅くて、妄想が生まれるまでのプロセスを観ていく。これが重要なんだと仏教では説きます。因果の流れ、原因を観ていくということですね。
だから、パッと捉える、対人関係なら、あの人はこう見える、とかね、こう感じる、とか。それは大抵はこう、客観的に見ることが出来ていないんです。「こう」っていうところに、主観が入ってしまっています。そうすると、そこから徐々に、妄想となり、それが己を苦しめます。だから、観ていくことが必要になります。感覚器官の働きにも、気づいていること、それを観ていること。で、その営みって、何も瞑想している時に限りませんね。但し、ずっと、観ているというと、それもまた、苦しみの原因となります。遊びが無いと、しんどくなりますから。
この観ていくというのが、マインドフルネス、更に仏教的に遡ると、ヴィパッサナー瞑想といいますね。まあ、そこから先はともに鍛えて参りましょう。私も初学者です。