こんにちは。今年もあと僅かですね。色々と、感慨深い年になりました。今年の締めくくりに、昨日、プラユキ・ナラテボーさんの瞑想会に行ってきました。そして、あらためて、仏教の奥深さというものを味わうに至りました。仏教というのは、総合力なんですね。戒定慧といいますが、戒を護るだけでは足りなくて、慈悲の実践だけでも足りない、そして知識だけ蓄えてもこれもまた足りない。ブッダは「中道」と言われましたが、まさにそれで、生活の全体における実践が試されるということなんですね。例えば、戒というと、非常に狭苦しいと捉える向きもあるでしょうが、実際に五つでも護ってみると、かえって、心は爽やかに、自由になってくるんですね。これは不思議なものです。例えば、人の噂話はしない、ってそれを護る。会社員生活なんてしてると、護れないと思いますよね。でも、噂をしないでいると、それはそれでそういう人になっていくのですよ。

 

 

そうしてみると、却って信用は増したりします。そしてうそをつかない、とかね、言い訳しない、とか。言葉に関しては仏教も事細かに定めておりまして、例えば「愛語」なんていうのもありますね。人を慈しむ、やさしい、思いやりのある言葉を使おうという訳です。じゃあそうやって、仏教は何を目標にしていくのかというと、簡単に、やや乱暴に括ってしまうと「人格の向上」ということになります。

 

 

仏教というと、何やら堅苦しい、欲を否定するからいやだとかね、穿った見方をする人がいますが、どうでしょうね。欲というものも、食欲・性欲・睡眠欲という人間の三大欲求がありますが、仏教はこれを節制していきなさいよ、ということです。そして、なにかをやろう、高い目標を目指そうとか、そういう「意欲」というのは、これを奨励しています。なにやら、まどろっこしいというか、ドロドロした欲求はやがて、苦を生むからやめなさいね、って仏教は言うのみです。ここのところも、誤解をされているのだなと。まあ、私もしばらく誤解をしていた一人ではありますが。

 

 

仏教、ブッダの教えというのは、シンプルなようでいて、奥が深く、私もまだまだ学びの途上にあります。ただ、昨日より今日、今日より明日、日々進んでいけばいいのですから、ある意味こんなに楽しいこともありません。在家の身として、戒定慧の実践をしながら、心身爽やかに生きていけたらと思っています。このブログも日々の気づきや、そうした内容のものになると思いますが、今後ともよろしくお願いします。

 

 

本年はありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。