1ヶ月半くらい前に、義父に会った時、
痩せ細っていく義父を心配して、
死んだら困るからと、入院を勧めました。
「死なへん、死なへん、俺は死なん。」
と笑っていた義父。
そう言いつつ、入院してくれたのですが、
入院して、36日後に亡くなりました。
死因は、誤嚥性肺炎でした。
元々誤嚥性肺炎を繰り返してはいましたが、
在宅では、自分のペースで飲食していた
ためか、比較的元気でした。
その前に、義母が転倒して、大腿部を骨折し、
入院、手術となり、義父のご飯を作る人が
いなくなり、体重も数ヶ月で7キロ程
減っていたので、このままではいけないと、義母の入院中は、社会的入院をしてもらう事にしました。少なくとも、きちんとご飯が提供され、最近ふらつきが酷かった見守りもしてもらえると考えたからです。
この考えが甘かったです。
入院してから、食欲旺盛で、普通食を
完食していると病院から報告を受けてから、
ほっとしたのも束の間、すぐに誤嚥性肺炎
と診断されました。
あっという間に寝たきりになり、
痰も増えて、吸引が必要になり、
そこから会話が出来なくなるまで、
早かったです。
絶食、点滴で、余計に痰は増えて、
吸引の回数が頻回になり、
手足の浮腫は増強し、
意識がなくなりました。
面会に行く度に、これまで以上に
痩せ細り、酸素吸入、点滴の管が増え、
拘束までされて、言葉を失いました。
手足はチアノーゼで変色していましたが、
3週間くらい頑張って、息を引き取りました。
最期を看取ることは、出来たのですが‥
ただただ後悔しかない。
どうして入院させたのか。
在宅にいたら拘束はされなかった。
点滴しなければ、嫌がる痰の吸引は
ここまで頻回にせずに済んだのではないか?
ごめんなさい、ごめんなさいと
謝っても謝っても手遅れで、
今更どれだけ後悔しても遅い。
死なへん、死なへんと笑った
義父は、もうどこにも居ないのです。
私は義父が好きでした。
どんな人でも、そのままを受け入れるくらい
心の広い明るくて、優しい人でした。
本当に尊敬できる人です。
ありがとうございました。と心から
感謝したいと同時に、義父の望む
最期を邪魔したのは私ではないかと。
もっと長生きして欲しかった。
でも入院の選択は、間違っていたかもしれない。
在宅で、どんなに痩せ細っても
自然に枯れていく方が、義父の
望む死であったかもしれない。
苦しまなかったかもしれない。
心を掻きむしられる。
私がメソメソしてても、義父は喜ばないので、
今は、ただ冥福を祈りたいと思います。
