この前、西のジャクソン・ブラウン。 東のブルース・スプリングスティーン。

そして、南のトム・ぺティをアップしましたがこのセンでいくと、

もう1人アップしたい人がいます。。

出身はインディアナ州だから中西部??の代表、ジョン・メレンキャンプ!!

この人も私は昔からファンで、上記3名よりもっと庶民的なカンジ。

だけどカッコ良いよ。庶民派アメリカンロックかな。

代表曲は沢山あるけど今日はこの曲をアップです。

John Mellencamp - Get A Leg Up



以下、WIKIより紹介します。

ジョン・クーガー時代

1970年代半ばに、トラッシュというグラムロックのバンドで活動していた時期に、デヴィッド・ボウイの敏腕マネージャーだったトニー・デフリーズに見出され、デビュー。グラムロッカーとして化粧をし、芸名をジョン・クーガーとするが、彼の意に沿うものではなく、まもなくレコード会社を移籍した。正統派のアメリカン・ロックに転向した後はしばらくは不遇だったが、1982年のアルバム「American Fool」からのシングル「Hurts So Good」と「Jack & Diane(英語版)」が全米1位の大ヒットとなり、ブレイクした。

ジョン・クーガー・メレンキャンプ時代

1983年にジョン・クーガー・メレンキャンプと改名し、「Uh-Huh」(邦題「天使か悪魔か」)を発表。「CRUMBLIN' DOWN」(9位)、「Pink Houses 」(8位)などビルボード誌でTOP10入りする。ローリング・ストーン誌はこのアルバムを「1980年代の偉大な100枚」の32位に選んだ。

1985年に発表した「Scarecrow」からも「Lonely Ol' Night」(6位)、「Small Town」(6位)、「R.O.C.K. in the U.S.A.」(2位)のシングルがトップ10入りした。同年には、ウイリー・ネルソンと共に、困窮するアメリカの農家のためのチャリティーイベント「ファーム・エイド」を開催。都市から見放されがちな田舎、農村の代弁者としての立場を強くするようになり、音楽性もカントリーやフォークの色が濃いアコースティックなものに変容していった。その音楽性は、1987年に発表した「The Lonesome Jubilee」で強く見出すことが出来、このアルバムからも「Paper in Fire」(9位)と「Cherry Bomb」(8位)、「Check It Out」のヒット曲を生んだ。その間の1986年には、日本武道館とフェスティバルホールでの来日公演を行った。

ジョン・メレンキャンプ時代

1991年に、ようやく本名のジョン・メレンキャンプ名義で「Whenever We Wanted」を発表。翌1992年には、4年ぶりのワールド・ツアーも行った。映画業界にも同年から進出しており、インディアナ州が舞台の『Falling from Grace』で主演と監督を務めたものの、商業的には成功しなかった。1993年に「Human Wheels」、1994年に「Dance Naked」、1996年に「Mr. Happy Go Lucky」のアルバムを発表したが、以前ほどの成功は収められなかった。21世紀に入ると、新たな音楽性を求め、ラップグループのパブリック・エネミーのチャックDなど組み、「Cuttin' Heads」を発表した。インディアナ州ブルーミントンに住まいを構えるジョンは、同地にあるインディアナ大学のバスケットボールチームのシーズンチケットを購入しており、その関係から同大学の前学長が代表を努めるNCAAのバスケットボール大会の一環として、2006年にインディアナポリスの街中で無料コンサートを行い、5万人の観衆を集めた。同年の夏頃から、シボレーのCM曲として「Our Country」が流れ始め、大変な人気を集めた関係もあり、2007年に発表した5年ぶりのアルバム「Freedom's Road」は、初動ランキングで5位にランクイン。これは1985年の「Scarecrow」がマークした2位に次ぐ、最高位になっている。