体調が悪くなりはじめたのが6月頃。
胃が痛いと内科に通院していました。
7月になっても町医者の内科には
胃薬を処方されました。
その頃実家のお風呂が壊れ、修理したり忙しくしておりあまりきにとめなかったようです。
しかし8月初旬におさまることのない
胃痛、
白い便が出てこれはおかしいと医者を変えます。
この頃からちょうど体重が減り始めました。
診断はエコーで見るとすい臓が腫れている、腫瘍は間違いないだろうと。
何故こんなにほっといたのかと言われたそうです。
すい臓……嫌な事を聞いたと思いました。
すい臓がんにだけはなるもんじゃないと
話を聞いたことがあるからです。
お盆明けに大きい病院で診察して
貰うことに。
お盆休みに父を見た時ややぐったりしていました。
少しああ、普通じゃないかもと嫌な予感はしました。
しかし考えないようにしたことを覚えています。
お盆が明け、大きい病院へ行ったところ
すい臓がんだと診断されました。
すい頭部がん。腺癌ですね。と
肝臓にも転移が見られるとのことでした。
腫瘍は3cmでした。
内科にかかり腫瘍と聞いた時、既にその晩眠ることができませんでした。
今でも覚えているのが母親から
会社にいる時電話がかかってきました。
何度もかかってきたので普通じゃないと思い、電話に出ました。
「お父さん、悪性のすい臓がんだって、
・・・肝臓にも転移してるって、少し、少しだけね・・・。」
たくさんの涙を流している声でした。
あの声と母の聞いたことのない悲しい声色は一生忘れることはないと思います。
私も涙が溢れて溢れて仕方がありませんでした。
しかし家族の前で泣くのはその時が
最後だと誓いました。
自分の悲しみに浸ることより、すぐさま守りたいという希望に変わります。
しかし、仕事中涙が止まることなく、心配した上司に事情を話すと早退しなさいと告げられます。
その後実家へ行くことにしました。
電車で泣くだけ泣こう。
その時無知識だった私はすい臓がんが
恐ろしいものとは少しは知っていたものの
調べれば調べるほど涙が溢れて、
思い切り圧迫感のある部屋に閉じ込められた気分になりました。
張り詰めるほど悲しい、まさにそんな心境でした。
しかし記事には悲しい現状ばかり。
実家までの距離で相当量の涙を流した気がします。
しかし悲しみよりも強い気持ちがなければ救えないと察し、涙は拭きました。
家に帰ると沢山の資料と少し険しい両親の顔。
父は資料を端から端まで眺めていました。
「お父さん大変なことになったねえ。」
「うん。」
それが最初の言葉です。
夏場だった為、本当に痩せたなあと思いました。
翌日から検査入院となり、そこからしばらく入院となりました。
また、我が家には愛犬がおり、トイプードル、ファーファがいます。
父とは魂レベルで絆があります。
ファーファは父が病気になる一ヶ月前に
乳腺癌の手術をしたばかりでした。
傷口は20cmはあったかなと。
しかし癌はとりきれず、延命治療となったのです。
なんとまあ悲しい事はこうも続くのかと落胆したことを覚えています。
つづく
