長いです。読まれたい方はどうぞ。
ご無沙汰していました。
3月3日に人間ドックでしたので、
もし、何か見つかったとき、内容によっては投稿できなくなるかもしれないだろうと、
3月2日に投稿し、それっきりになってしまいました。
体は異常無しで、その後も変わりはなく、生活していました。
Facebookをよく見ており、
ブログで知り合った方々も大切にしたいと思いながらも、どちらかに絞らないと、見ていけないのが現状で、Facebook中心でした。ごめんなさい。
コメント、メッセージもすみませんでした。
さて、熊本地震のこと。1週間が過ぎました。
首都直下、南海トラフ、富士山爆発など火山関係、シミュレーションでわかりやすく解説された特集番組は見ていました。
それだけ確率が高いと予想されるから番組を作られたのだろうと思い、まったく熊本地震と名が付けられるくらいの大きな地震は、行政も予測していなかったようですし、研究者も同様の感じを受けます。
皆さま、考えてみてください。
4月14日18:26、震度7、M6.5。
テレビで余震が続くから気をつけるようにと聞くと、あれより強い地震は来ないだろうから、しばらくの間の辛抱だと、誰もが思ったはずです。
ここからが、まさかまさかの始まり。
28時間後、
4月16日 1:25 震度7 M7.3
寝ていました。
何コレ! 前のときより、ひどい!
なんだこれは!死んではいけない!
えーっ、懐中電灯が付かない、なんてことだ! (一時的に停電)
ただただ “死んだらいけない!”
これだけが頭をよぎり、揺れがおさまってから外に出たような気がします。
懐中電灯の確認をしていなかった私がいけないのです。
M7.3は、前震M6.5の 1.6倍のエネルギーだそうで、威力が違います。
国内内陸では最大級クラスになります。
家の中は、物の散乱状態。こんなにもなるものかと。
家具は、10㎝~20㎝以上動いているものがいくつも。
流し台の上下の戸棚は開き、上の棚に入れていた物は、ちょうどシンクに落ちていました。
本棚の扉も開いていて、扉のない本棚は、本がドサーッと流れていました。
食器棚の扉が半分だけ開いていましたが、欠けた食器は3つだけで助かりました。
食器は恵まれすぎたと思っています。
全部割れた家も多かったようですから。
内陸地震で直下型。
多すぎる余震は、下からドンと突き上げるように来ることが多く、続いてゆらゆらと横揺れだったりと、突然ですから自然と体が逃げる体制になっています。
食べるとき、座っているときは、玄関。
畳の部屋へも土足で入り、いつでも出られるように何日か続けました。
雨以外は外に出て、鳥の鳴き声を聞いていると、のどかで平和です。何事も起きていないと思える、ごくごく普通の風景です。
5夜、車中泊し、初日からエコノミークラス症候群にならないようにしました。
断水のため、温泉に2回行き、並ばずに入れたことが嬉しかったです。
無料開放している温泉も多かったですが、凄い行列とわかっていましたので、有料へ行きました。
断水はかなり復旧していますが、私の入っている建物の給水塔が壊れたようで、修理が終わらないと、水はペットボトルのみです。
早く水道から水が出てほしいです。
停電にはならず、ありがたいでした。
テレビで情報を得て、冷凍していたものをレンジで解凍したり、充電もできました。
コンビニで運よく弁当が残っていたら嬉しく、なくて当然です。パンも誰もが欲しく、残っているものは、ほとんど必要ないものばかりです。
スーパーは天井が落ち、ガラスの割れで、復旧の見通しがつかない貼り紙がしてあります。
断水のおかげで料理ができないこと、
洗濯もできないことで、水の大切さがわかりました。
衛生上、たまった洗濯物は捨てることにしました。いつになったら洗濯できるかわからないですから。菌がいっぱいなはずです。
実家から送ってほしいものは言い、生活できています。最初は、どこの運送会社も熊本は配達せず、ガーンでした。
家を失い、何もなくなった方がいらっしゃるわけですから、まったく恵まれています。
直後はドキドキがおさまりませんでしたが、
今はこれが当たり前の生活で、なんとも思わなくなりました。
大地震、あまり体験すべきでないことでも、後々、この体験が生かされることがあると思っています。
皆さま、いつ、どのようなことがあるかわかりません。
私は水のペットボトルを10本ほどと、カロリーメイトも備えていたことが助かりました。
反省は、懐中電灯の電池でした。