癒し系ピアノ弾きのできごと    -15ページ目

癒し系ピアノ弾きのできごと   

ピアノを基にしたシンプルなオリジナル曲で、BGM風のアルバムを作った50代です。プロフィールの動画をご視聴ください。

有線放送で流れる日もございます。

音楽以外の内容も多いブログです。左サイドのテーマでご覧ください。

1月23日、県北の和水町、旬彩SOBA常次郎庵で、
そばディナー&コンサートで¥5000に行きました。


私のことといったら、コンサートもだけど、
どんな、〝そばディナー〟だろうって、楽しみで。


小鉢・・・・・筍とイカの木の芽和え


前菜・・・・・車海老の芝煮、鮑の旨煮、子持ち昆布
       菜の花のからし漬け、長芋の梅肉煮


蒸し物・・・・・そば粉グラタン
        (中は魚介類だったような)

天ぷら・・・・・海老・ズワイガニ・椎茸・白子豆腐・ふきのとう
                        (カニの天ぷらが嬉しかった)


そば・・・・・深煎りごまの豆乳つけそば
       ( たれに大きな鶏団子入り、珍しい)

デザート・・・・・そばポーロのティラミス
         (女性には嬉しい量の多さ)

コーヒー (和風で大きなカップに喜ぶ私)



~~デザートを食べ終わる頃からコンサート~~


福岡県出身の水上裕子(みなかみひろこ)さん、
演奏はふだんの半分だったそうで1時間でした。

話を聞いていると波乱万丈の人生で、
そこから来ていると思わざるをえない情熱の演奏。
おそらく、もともとのご自身の情熱も。



オーストラリアのメルボルンでデビュー後、
モスクワ音楽院で勉強しているときにクーデターに遭遇、
東西冷戦の終結を目のあたりにしたそうです。

そして、チャウシェスク政権崩壊後のルーマニアに渡り、
ヨーロッパデビューを果たしたそうです。


ルーマニア人のご主人は詩人だそうで、
たった一行の表現のせいで、
誰にも会えないようにして入院されられたそう。

こんな話の途中で、ショパンの幻想即興曲が始まると、
水上さんの人生の中に入りこんでしまいました。


中国の密山にあった日本の航空隊の話では、
敗戦後、ここで捕虜になった日本人が
中国人を献身的に指導した結果、

中華人民共和国の発足時に、
天安門広場の上空を編隊飛行して
世界を驚かせたそうです。

中国空軍を立ち上げたのは、日本人。
今でも日本人に対する感謝の気持ちが、
密山の顕彰碑に刻んであるそうです。

水上さんは、毎年、密山に招かれて、
コンサートを開いているそうです。

そのようなわけで、飽きさせない話には深刻さがあり、
合った曲で一気にコンサートが進み、
弾き歌いでは、声質までも人生を感じてしまったのです。


世界に演奏できる人はたくさんいるけれど、
国際的に波乱万丈といっていい人生がコンサートに生かされ、

折りしも外は雪が降り始めた頃で、
帰れなくならないうちにと少し危機感のあった時間帯。


波乱万丈な人はたくさんいると思うけれども、
できることで人に何かを与えられる人になったほうがいい。
私は手相によると(信じる信じないは置いといて)、
波乱万丈だそうだから。