何か色々‥色々‥
疲れた

[義兄弟①]ソン・ガンホ,“カン・ドンウォンと似通っていっている!“

=(ガンホ氏)
=(ドンウォン氏)
記者会見でソン・ガンホ氏がカン・ドンウォン氏と容貌が似通っていくという発言をしたが,本当に似ていたと考えるか?
心が似通っていくということだね,容貌でなく。(笑)
今このスタジオにミーティングのために来て帰って,事務室にこっそりと立ち寄ったことがある。
その時イ・チョンホ室長が<戦友分>ポスター作業をしておられて,
写真らを一緒に見ることになった。
ところで私の写真中に先輩と似ているように出てきた写真があった。
それを見て室長も私もとても似ていたと話した思い出す。(笑)
この際ソン・ガンホの後継者に定めよう。
名前も似ているじゃない。 ソン・ガンホ,カン・ドンウォン. 故郷も同じで。 ハハハ。
<義兄弟>記者試写会反応が良い。興行言及をしないソン・ガンホ氏が<義兄弟>は‘うまくいくようだ’という意見を出しておいた。
観客らの反応を分からないから大慨は興行も分からないことだ。 <義兄弟>のような場合は率直に‘すごい映画,立派な映画’と奉る訳には行かないが
大衆的な要素をよくそろえた映画という気がする。
主題が重かったり真剣でなくてジャンル的な長所をたくさんそろえた明るい映画だ。
観客らが簡単に楽しめるように作られたようだ。
それで損益分岐点を軽く越えないだろうかと思う予測をしてみた。
カン・ドンウォン上映前挨拶をする時,拍手が出てきたが,試写会終わっても拍手が出てきて驚いた。
私の立場ではそのような反応を得たのが多分初めてだったようだ。
インタビューする記者らごとに久しぶりに拍手が起き上がって出たとそうしたよ。
シナリオを見る時から興行が見えそうなことはない。
ではない。 映画がさらに豊かに完成されたが,シナリオ自体もとても大衆的だった。
シナリオが持った面白味を十分に生かすならば興行が悪くないと思うという感じがあった。
俳優として発見した<義兄弟>の魅力は何か?
,イ・ハンギュは新しい演技を必要とするのでなくソン・ガンホの多様な姿を表わすことができる人物という考えが一番最初に聞いた。
ジウォンが痛みが多くの人という点に引かれた。 初めてシナリオではキャラクターが今より軽かった。
それで監督様と深さを加えようという話をしながらディテールを追加した。
ひょっとして‘韓国’と‘北朝鮮’という環境的背景が演技をするのに重く作用したか?
我が国が世界唯一の分断国家だが,今は国民が‘分断’という問題を<シュリ>(1998)や<共同警備区域JSA>(2000)時よりはるかに自由に受け入れるようだ。
以前には分断という状況が政治的に利用されて,私たちの人生自体に大きい影響を及ぼした。
今でも分断の現実は今なお残るが人生で大きい比重になる時期のようではない。
分断の悲劇を無視したり忘れるという意味ではない。
対立を通じて理念やイデオロギーを説明する時期は過ぎたということだ。
<義兄弟>もそのような雰囲気と似ているように分断に対する話を自由に扱っているから
俳優らが負担感じる理由がなかった。
分断の問題が演技するに当たり基本的な情緒を支配したのではない。
私たちの世代は幼かった時,反共ポスター描いたのが全部なので北朝鮮に対してよく分からない。
それで演技する時は韓国,北朝鮮の問題でなく劇中キャラクターにぬれてしたようだ。
ところでカン・ドンウォン氏は幼かった時,反共雄弁大会にも出て行ったって?
なぜ出て行ったのかは分からないですが参加することはした。 (突然ざあざあざあ) ‘私は幼稚園に通う七才子供子供であるから
直接6・25を体験することができなくて戦争をよくわかりません~’ (一同感心)
ここまで外に思い出せない。(笑)
[義兄弟②]カン・ドンウォン,“こわれる時こわれてもしたかった!”

南と北が論外の懸案ならばキャラクターに対して各自どのように接近したか?
イ・ハンギュは国家情報院要員だったが,イデオロギーの中で任務を遂行するというよりは職業観が透徹した人物に近い。
自分が属している集団中で熱心に生きていく。
国家観が透徹したのでなく自身の人生と扶養家族のために最善を尽くして生きていく
平凡な仮装だ。
それで国家情報院で切られても熱心に生きていく。
ジウォンとあった時も過去の痛みよりは彼を利用して,
懸賞金を受けるという現実的な考えが先んじる。
私はセトミンらのインタビュー映像を見た。 北朝鮮工作員に会うことはできないから。(笑)
咸鏡道出身の方が祖国に対して途方もない者はれることを見せる特別な部分を発見した。
そのような部分は監督様と話して,キャラクターに溶かして入れた。
北朝鮮なまりはインタビュー見て,ずっとまねて覚えたが,
監督様がある程度使うかも知れないといって無条件準備した。
後ほど‘一シーン程度’入るというので練習を中断した。
ベトナム語は一言言うのに上手にすることではない。
後日録音をしながら上手にするバージョンと気楽なバージョンを録音したが,
上手にする時,発音がキャラクター感じと差があって聞きやすいバージョンに行った。
ベトナムの方らが聞けば良くできないと評価するだろう。(笑)
ジウォン役にカン・ドンウォン氏がキャスティングされた時期待があったとすれば?
キャスティング前からカン・ドンウォン交渉中という話を聞いた。<コウモリ>(2009)のためにカンヌ国際映画祭に行ってくるのに考える余裕もない時だったが
そのままうまくいけばという考えた。
ジウォンは残念な理由を隠している神秘な人で,
また自身の信念に対して自負心を持っている役割だ。
その年齢帯にそのような感じが似合う俳優がカン・ドンウォンしかないようで
キャスティングされるのを希望した。
それならカン・ドンウォン氏はどんな期待を持ったか?
事実周辺で心配していた。
ア,そう?
からだが大変で,出演をしようかやめようか意見を求めたところ周囲に何人がしないでくれとした。
今ソン・ガンホ先輩会えば元手みなあらわれて完全にこわれて出てくると。
(ソン・ガンホ ウハハハハ!)
後日にはしろとそうしたが私の立場ではソン・ガンホ先輩と演技したかったために
時期が重要だという考えが聞かなかった。
周辺の心配があったが私はこわれる時こわれてもしたかった。
期待反恐れ半分だった。
それで一緒に演技をしてみたところ….
たいしたものでないだろう? ウハハハ。
違います。 驚くことはしました。 それでとてもおもしろかったし。
ソンガンホ氏は80年代生俳優相手役が<義兄弟>が初めてだ。 年齢差を克服して兄弟のように親しくなるのが可能だったか?
そのとおり! <戦友分>チームの親しい俳優らがドンウォンに対して多くの話をしたがよく似合うことができることという予感がした。
なにをかいわんや,作業をして見たらよく合った。 私的席でも魅力的な友人だ。
2人だけ出てくる映画だから二人でよく遊んだ。