10asiaのインタビューマイク

長いですから、時間があるときゆっくり読んで下さい♪



“私がこういう演技もできるとのことを見せてあげたい”


$ドンウォン君のこと‥


カン・ドンウォンと対話の呼吸を合わせまでは結構時間がかかった。
<あいつの声>から今回の<チョンウチ>までもう少しセリフをはやく話そうと努力した
という特有の緩い語り口のためだけではない。
質問を聞いて一言返事をして長い間の沈黙,そして新しい質問をしようとする時続く返事.
彼は頭の中で十分に検討して自らの心を確認した以後に話をするタイプの人だ。
真正性という,ただ単語でだけ存在するようだった価値を非現実的な容貌の
ファンタジースターであり下半期最高期待作<チョンウチ>の主役を演じた
カン・ドンウォンとの対話で感じることができたのはそのためだ。
もしかしたらこの日対話の最も重要な部分はそこまで活字化されることが出来ない
その沈黙かも知れない‥。




< M >時は禁煙始めたといったのにタバコはまた吸い始めたことなのか?

D失敗した。
映画を撮ってみるならばストレスを受けるから禁煙を維持できない。
また作業するならば酒の席がたくさんできてその時ごとに一代ずつ吸うことになった。
来年にまた切ってみようとする。


ストレス話をしたがチェ・ドンフン監督も撮影会場を地獄で表現したよ。

Dところで監督様大変なことと演技者骨を折ったのはちょっと違うこと同じだ。
私はそのままあちこちアザができた程度? <チョンウチ>のアクションは速度戦だ。
どたばた落ちてどこに押し込まれて殴られて逃げる場面らが多い。

チェ・ドンフン監督との作業は前作<刑事>,< M >の,イ・ミョンセ監督とは大いに違ったようだ。

Dスタイルが本当に違う。
二つとも良い監督様らしくディテールが良いがその方式が違う。
チェ・ドンフン監督様が話を複雑にさせていくならばイ・ミョンセ監督様は
単純なストーリーなのにそれをかなりディテールするように整える。

その上今回の作品は伝統的意味での商業映画なのではないか。

Dところで私は<刑事>もかなり商業的な映画と考えた。
映画を作る中間に人々の間でこれとても芸術映画スタイルに行くのではないかといったが
出てきてイ・ミョンセ監督様だけ完全商業映画と主張した。
二つとも何か固く勘違いしていたことよ。(笑)
だが今回は本当に自信ありげに商業的な映画と話せる。

それでは今回の作品で証明したいことはチケットパワーのかけているか?

Dそれで良いだろう。
20代が終わる前に映画一つがかなりうまくいく経験をしたい。
まず損益分岐点の450万人渡した後にその二倍まで動員して,大当たり出れば良いだろう。
そして演技的にはカン・ドンウォンという子がこういう演技もきるとのことを見せてあげたい。

こういう演技とは?

Dおもしろい悪童キャラクター?
事実どんな作品をしたのかこういうものもできるとのことを見せてあげたい心はある。
<彼女を信じないで下さい>をする時は素朴な田舎未婚の男性を,
<オオカミの誘惑>では高校生を,
<刑事>では朝鮮時代刺客を演技できるとのことを見せてあげたいことだ。

すべての作品で目標をみな成し遂げたか?

D率直に話して,映画の撮影が終わればその作品に対して
私がすることはみな終わったと考えて後も見て回らない。
だから目標を成し遂げたのか確認するよりは次の作品で上手なように準備する。
評価に気を遣わないで無責任に‘次に上手にすれば良い’と考えることではない。
ただし作品撮影して,不足したと感じたものなどを私が誰よりよく分かるから
後悔するよりは次のガール準備する。 それがより良いから。
まだプロモーションに入ることもなかったが<義兄弟>もすでに私の基準ではみな終わった作品だ。

それで広報期間に苦しがるかけるかも知らない。

Dそのようなこともある。
私はすでにこれからすることだけ考えているのにすでに終わったと考えたことを
引き出さなければならないから。


どんな動画を見ればインタビュー前に報道資料甘いとして
復習する場面があったのに同じ脈絡なのか。


D私が言葉で説明をよくできないから少しでもよく説明してみようとすることだ。
ひとまず私が考える映画とマーケティングで大衆に見せようと思う姿が違うこともあるから
それをあらかじめ認知しなくちゃ。
そうでなければひどい目にあうかと思って。(笑)
後ほど広報チームで‘そのようにおっしゃってはいけないけれど’と話す。


とても用心深くする感じだ。 準備されなかった話をするのを嫌いか。

D嫌いだ。 仕損じるかと思って。
こういうインタビュー席ではしないが
映画祭同じもう少し大きくて言葉が誤って伝わることができる席で仕損じるのが嫌いだ。
たとえば‘私どもの国’こういう話をするかと思って。
事実それは誰でも失敗できるのにそれを持って格別話をすべてするのではないか。
私は他の人々うわさにのぼるのが嫌いだ。
もちろん上手にした,ハンサムで同じ話はみな良いがあの子はちょっと変だといった
良くない話は本当に嫌いだ。 末っ子なのでそうだろうか? (笑)愛されて育って?

だが作業する時は良い声だけ聞けないのではないか。

Dそうすることはできないだろう。
だがそれは私がさらによく分かって自ら叱責する。
私の頭の中にあるのが明確にあるのにいくらしてもならないから。
そうするうちにそのまま移って,今の私ではできないことだな,しながら次にへ渡る。

今回の<チョンウチ>では具体的に何がうまくできなかったか。

Dとても力強く‘音ハハハハハハ’笑う場面のようなこと?
その場面のチョンウチにぴったり合うことと考えて試みてみたがならなかったよ。
そのような形でかなりささいな物足りなさらが多い。

ささいなことまで欲が多く見える。

D私はかなりディテール一つだ。 完ぺき主義者タイプだ。

失敗を嫌う上に完ぺき主義者だ。
それでは上手にするのと仕損じないこと中何がさらに重要なのか。


D難しい質問なの? 仕損じてはいけないけれど...
それでも上手にするのがさらに重要だろう。
失敗は後ほどことをまたできないほどでだけしなければ良い。
そうでないならば上手にすることと失敗を埋めなければならないだろう。

事実男ファンだけさらに確保すればかなりの失敗はみな埋めることができる。(笑)

D確保されれば良いだろうが... 何ならなくても関係ない。
今でも幸せだ。(笑)この前<義兄弟>のブラインド示唆があったがリサーチを見ると
女の方らはみな私の演技に対して‘非常に良い’とチェックしたよ。
それを見て本当に感謝するべきだとの気がした。
私を惜しんで見るという感じがさっとあらわれるから。 と
ころで男の方らはみな‘普通’にチェックした。(笑)演技普通,キャラクター普通.

異性ファンに絶対的支持を受けて,日常の感じがあらわれないという点で
トップクラス女優を連想させる。
以前にはゲームして漫画本見る話もするとこの頃は家具作って山に入る話をすると
現実とさらにかけ離れたようだ。


Dところで本当にそうしたようだ。 1年ほど家具だけ作って生きた。

いったい家具作りのどんな魅力に陥ったことなのか。

D私が持ちたいデザインを直接作るという成就感が大きい。
締め切って,オイルを塗れば木のきめが生き返って完成品があらわれるのに本当に気分が良い。
また直接作るのがお金も結構節約される。
テーブル作るのに入る原木費用が多分4,50万ウォン程度でしょうが金やって買おうとするなら
到底望めない価格だ。

それを作る時間にカン・ドンウォンという俳優がCFでもとれば...

Dそれにしても周囲の人々中でお金与えて家具を買って他の仕事をしろという人もいた。
だが私は本当に私がうれしがることだけしようという主義だ。
私の座右の銘が‘知之者不如好之者好之者不如楽之者’だ。

だが楽しいことを探してしてもそれが物事になる地点が結局できるのではないか。

Dそうしたのは確かにある。
画報とるのも初めには楽しくて始めて服を十二着ずつ準備しなければならなければ
何を選択するべきか悩んで面倒になる。
だが始めたことを終わらせなければならないから。
またそれを面倒なことを参考すべてしておけば満たされる時がある。
とにかく最大限楽しいことだけ探してそれがならなくても楽しくしようとする。

それでは演技ということはどんな方式で楽しくしようとするか。

D私は競争をとても楽しむ。
家で<ウィニング イレブン>をする時も2人用にだけする。
少し鋭敏な話になりうるのに作品をする時も監督様や相手俳優,
あるいは撮影監督様を競争相手として一人でその競争を楽しむ。

それでは<チョンウチ>では何が勝負根性を刺激するか。

Dひとまず途方もない俳優陣だ。
私は性格が若干傾いていて,本当に冗談じゃない先輩らと撮影すれば一手習うという考えよりは
追いつかなければならないと気がする。

それで勝ったか。

D事実実際に勝ってまける結果はないだろう。
ただ演技上手くする方々を一度勝ってみたいということだ。
それでこそ火花散っておもしろいのではないか。