13日から16日まで盆休み
子供のころから都会で暮らしている知人や親戚の人が
墓参りに帰って来るお盆休みが一番楽しい休みでした。
今は自動車でいつでも簡単に帰れますが、
昔はいろいろな交通機関を乗り継いで里帰りしていたものです。
今は私が里帰りする方で、お正月休みには帰ってこない東京や関西へ出ている
知人にお盆休みに会えるので今でも一年中で一番楽しい休暇です。
13日はあいにくの雨で予定していたアユ釣りは中止。
14日も出来ないだろうと思い、昼ごろ帰省したのですが、
田舎で暮らしている弟から連絡があり、川に行くというので
慌ててアユ釣りの準備をして出かけました。
今年は雨のせいで川の水が多く、アユがあちこちにちらばってしまい、
あまり釣れないとのことでした。そのせいで網をかける場所が限られて
しまったり、後の予定があるため短時間しかできませんでしたが、
一応アユ釣りが出来たので納得しました。
そして夜はお寺の広場で恒例の盆踊り。
と言っても田舎のことですから、規模は小さいものです。
都会から帰省した人や田舎で暮らしている人で50人くらいでした。
帰省した人と田舎に残っている人が久しぶりに会い、
賑わうその雰囲気が私は好きなのです。
田舎の盆踊りは独特の情緒があっていいものです。
都会に暮らしている者にとって一番の癒しになるのです。
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隣のおやじさん
3年位前に会社をリタイアされています。
昔で言う 裸いっかん、トラックとスコップをもって
仕事をはじめられ、一代で会社を築き
大手の建設会社の協力会社として
55年間、仕事一筋にやって来られました。
今は息子さんに会社を任されて、第2の人生を楽しんでいらっしゃいます。
若い頃から現場一筋で、現場に出ての仕事がら、
毎日何かをして体を動かしていないと気が済まない性格らしく、
しかもアウトドア派で 車とオートバイが好きで、ついこの前まではハーレに乗りハーレ会の仲間と
ツーリングに何時も出かけておられましたが、今は毎日 家で何かごそごそと色んな事をされています。
朝早くから毎日作業の音が聞こえて来ます。
最近はもう一人近所の仲間が出来たようで2人で何かされています。
この方も会社を最近リタイアされたそうで、
いつの間にか仲間入りですが、もちろん年金暮らしです。
私も日曜日には時々様子を見にいきます。

今の時代 我々現役の人間にとってうらやましい限りですが、
2人にとっては昭和の戦後の我々の知らないつらい時代や
高度成長の時代に 死にもの狂いで働いて来られたのです。
2人には共通の物が有る様にかんじます。
2人とも本当にいい顔をされています。
これからも体に気をつけて まだまだ第2の人生を楽しんで
いただきだいと思います。
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原爆記念日
8時15分サイレンの音を聞いて自宅を出ました。
東京よりVIPがきていることもあり、平和大通りは通行止めで
会社まで1時間かかりました。
ちょうど選挙前で選挙の票集めためで
本当に追悼のために来たのかと言いたくなります。
平和大通りでは、あっちこちで被爆をした学校などの慰霊碑があり、
手を合わせているひとをたくさん見ました。
私の母も19才で被爆しましたが、川に飛び込み木につかまって流されていたのを助けだされたと
私が子供の頃話してくれたことがありました。
その後あまりにもひどい広島の街では生活できず、北海道の姉の家で長い間生活をしていたそうです。
その母も56歳で亡くなりましだが、若い頃から体調が悪いことが多く しんどそうにしていました。
今に思えば原爆の影響があったのではないかと思います。
また母は身内や友人をたくさん亡くしたそうです。
母にとっては8月6日は一生忘れる事のできない日だったでしょう。
今日の新聞に 90歳になる被爆体験したお年寄りの方が記事になっていました。
幼い子供さんと お腹のなかに子供さんがいる時に原爆にあい、ガラスの破片で目にけがをし
両目を失明され、あまりのつらさに死を覚悟したこともあったそうですが、子供のために 懸命に今日まで
生きてこられた という内容でした。
100年に一度の経済状況といわれるこの時代ですが、あの時代に生き抜いた人に比べると
まだまだ甘い自分であると思いました。
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