原爆記念日
8時15分サイレンの音を聞いて自宅を出ました。
東京よりVIPがきていることもあり、平和大通りは通行止めで
会社まで1時間かかりました。
ちょうど選挙前で選挙の票集めためで
本当に追悼のために来たのかと言いたくなります。
平和大通りでは、あっちこちで被爆をした学校などの慰霊碑があり、
手を合わせているひとをたくさん見ました。
私の母も19才で被爆しましたが、川に飛び込み木につかまって流されていたのを助けだされたと
私が子供の頃話してくれたことがありました。
その後あまりにもひどい広島の街では生活できず、北海道の姉の家で長い間生活をしていたそうです。
その母も56歳で亡くなりましだが、若い頃から体調が悪いことが多く しんどそうにしていました。
今に思えば原爆の影響があったのではないかと思います。
また母は身内や友人をたくさん亡くしたそうです。
母にとっては8月6日は一生忘れる事のできない日だったでしょう。
今日の新聞に 90歳になる被爆体験したお年寄りの方が記事になっていました。
幼い子供さんと お腹のなかに子供さんがいる時に原爆にあい、ガラスの破片で目にけがをし
両目を失明され、あまりのつらさに死を覚悟したこともあったそうですが、子供のために 懸命に今日まで
生きてこられた という内容でした。
100年に一度の経済状況といわれるこの時代ですが、あの時代に生き抜いた人に比べると
まだまだ甘い自分であると思いました。
広島で住宅・店舗 のリフォーム
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